成島出監督は、やっぱり成島出監督だった。
そして、この「52ヘルツのクジラたち」は、成島監督らしい映画であった。
町田そのこの本屋大賞受賞作品「52ヘルツのクジラたち」を、映画化された。
52ヘルツのクジラとは、他の仲間たちには聴こえない、高い周波数で鳴く世界で1頭だけのクジラのことで、世界で最も孤独なクジラと言われる。
成島監督との出会いは、約15年前。
ムービーオンやまがたが、現在の山形市嶋地区に、10スクリーンを備えたシネマコンプレックスとしてオープンした頃である。
その後、「孤高のメス」「八日目の蝉」「聯合艦隊司令長官 山本五十六」「草原の椅子」「ソロモンの偽証の前後編」「ふしぎな岬の物語」「いのちの停車場」「ファミリア」「銀河鉄道の父」などの話題作を、次から次へと世に送り出す卓越した才能を持つ方である。
YMF山形国際ムービーフェスティバルの常連監督のお一人であり、山形の街やムービーオンを愛してくださる監督である。
成島監督の映画は、私はよく使わせてもらっているが、「まさに抒情詩」であり、スクリーンの中の情動や感情が、言葉や文脈を通して、さらには、ダイナミックかつ繊細な映像を通して、心の中にさざなみを立て、やがて大きなうねりとなり、心からこぼれ落ちる。
成島監督の一つ一つの画角が美しく、また、小林洋平氏のオリジナルの音楽も心に染みた。
また、自分は、成島監督やGAGAの横山和宏プロデューサーにも話したが、「映画の各シーンの色合いが俊逸」と感じた。
成島監督は、「マジックアワー」を何回も狙って撮影したとのこと。
朝のマジックアワーと、夕方のマジックアワーの違いや、朝日と夕日、順光か逆光の持つ映像の違いなどをお聞きする。
この日、2回行われた上映会付き舞台挨拶には、多くの方々が詰めかけてくださった。
成島出監督と、音楽担当の小林洋平さんから、ダイバーシティメディアの鈴木淳予アナウンサーが話を聞く。
成島監督の久しぶりの満面の笑顔は、この作品に対する自信が感じ取れた。
それだけの力作であり、YMFの佐藤則子事務局長は、「監督、八日目の蝉を越えました!」と、話していた。
小林さんは、これまで、虐待によって亡くなった子ども達への音楽活動を行っているそうで、この映画からオファーがあったことに、とても運命的であったと話していた。
成島監督と小林さんの出会いは、2016年のYMF山形国際ムービーフェスティバルだそうで、三島有紀子監督の「繕い裁つ人」の音楽担当で来場されたそうである。
山形にはその時以来とのこと。
この映画を撮るにあたり、GAGAの横山プロデューサーの熱量は凄かったと、成島、小林両名は語っていた。