11月23日(水・祝日)、山形市の里之宮「湯殿山神社」にて、新嘗祭と市神神社ゑびす講大祭が行われた。


この日は、コロナ感染者が増え出し第8波に突入している状況を鑑み、神社の責任役員、奉賛会、崇敬関係者、来賓などの少人数での、ご祈祷、祝詞、玉串奉奠となる。




新嘗祭は、本年の収穫感謝の秋祭りであり、ゑびす講大祭は、商いの神様ゑびす様へ商売繁盛を祈願するものである。




この日は、境内にて、開運招福の縁起物をお頒ちする恒例の「熊手市」も開催され、威勢の良い手締めが鳴り続いていた。




祭礼に入る前に、宮司の渋谷先生より、山形パナソニックの清野寿啓社長に対して、空席になっていた奉賛会副会長の委嘱状が渡された。




昨年秋、奉賛会会長だった元農林水産大臣の鹿野道彦先生がご逝去なさり、後任に奉賛会副会長だった自分が、大役を仰せつかったのである。


その際、宮司の渋谷先生と、責任役員代表の吉田福平氏と話し合いながら、奉賛会副会長を誰方にお願いするのかを話し合ってきたのである。


そして、山形パナソニック社長の清野寿啓氏に、白羽の矢が立ったのである。


この日、自分から、副会長就任までの経緯について関係者の皆様へ、話をさせていただいた。




清野副会長からも、「浅学非才ではありますが、湯殿山神社の隆盛の為に頑張っていきたい。」と、就任のご挨拶があった。


山形市役所の新庁舎建設に伴って昭和54年から始まった湯殿山神社を遷座の為の移転・新築工事の際、当時の奉賛会会長は板垣清一郎県知事、副会長は金澤忠雄山形市長と清野源太郎商工会議所会頭、実行委員長に鹿野道彦衆議院議員、副委員長に父の吉村和夫、実行委員代表は長谷川吉郎氏だったそうである。

(里之宮湯殿山神社の140年史の本に詳細が載っている)


清野寿啓社長の御祖父源太郎氏も、湯殿山神社の奉賛会副会長だったとは、自分も寿啓氏も、まったく知らない中で、寿啓氏が就任したのである。




渋谷先生より、「神のお導き」であり、神は話さないけど示し申すと、教えていただく。




そして、例年通りの新嘗祭の例大祭、ご祈祷、祝詞、玉串奉奠が行われる。


ご祈祷の中では、3年にわたるコロナ禍の「厄病退散」や、ロシア・ウクライナ戦争の終結と平和などに、触れられる。




その後、商売繁盛のゑびす講に移動し、ご祈祷、祝詞、玉串奉奠が行われる。


電気料金の高騰、物価高、物不足など、経済活動や商工業にとっては、多くの困難がある。


何とか持続可能な山形の経済界、商工業である為に、願わずにはいられない気持ちであった。