あの未曾有の東日本大震災から9年が経った。

これまで当たり前にあった日常が、一瞬にして消失してしまった大惨劇である。

山形県に住む自分ですら、母の実家の祖父母の家や、親戚を亡くし、とても悲しい。

しかし、それが家族や恋人や友人だったり、自分達の仕事場だったり、自分に近ければ近いだけ衝撃は大きく、喪失感は未だに埋まらないはず。

忘れることはできないし、忘れてはいけない日である。



今年、2020年3月11日。
ダイバーシティメディアの取材班は、気仙沼市を訪れた。

まだ、新型コロナウイルス感染症も、今ほど拡大していなかった頃である。

ダイバーシティメディアでは、市民チャンネルの中で、この9年間の被災地の様子を映し続けた番組、「to Revive」を制作し放送している。



被災当日まで使われていた、宮城県気仙沼向洋高等学校。

今は、「気仙沼市 東日本大震災遺構・伝承館」として、その日の事実を伝えている。



校舎の3階に車がひっくり返ってあるのは、津波がここまで車を運んできたのである。



その凄すぎる津波のエネルギーに、ただただ取材陣も驚いていた。



その後に訪れたのは、「すがとよ酒店」

被災当日は、旦那さんが津波に飲み込まれてしまう。

この日も、店の前の祠に、15人の方々が、手を合わせてくれたそうである。



「すがとよ酒店」の中では、214体の雛人形・かえり雛が飾られている。

気仙沼で行方不明になっている人数が、214体であるとのこと。

ここからは、気仙沼ケーブルテレビネットワークの濱田智専務が案内をしてくれる。



震災当日、気仙沼ケーブルテレビネットワークの本社は、流されてペチャンコになった。
濱田専務は、全社員を即日解雇。
そうする事で、社員が休業補償が直ぐ貰えるのだ。
困難の中での決断であった。

そして、加入者にサービスを停止しない為に、新しいプレハブの本社を作る。

辞めたはずの気仙沼ケーブルネットワークの社員が、ボランティアで駆けつけてくれたのだ。



現在のK-NET・気仙沼ケーブルネットワークの本社ビル。



濱田智専務は、賢く情もあり、魅力ある人物である。

東北にある17局のケーブルテレビが参加する「東北ケーブルテレビネットワーク」の取締役にも就任していただいている。

「to Revive」の番組ディレクターは、ダイバーシティメディアのアナウンサーでもある鈴木淳予制作局副局長。

カメラマンは、元社員であるフリーの小林利尚氏。



あの時から、海も少しずつ生き返っている。

完璧ではないが、海産物が戻ってきた。



最後にお邪魔したのは、俳優の渡辺謙さんが営む「K-port」

当時、被災地に力をくれた場所である。



多くの方々の思いや願い、さらには祈りによって、復興してきた町…気仙沼市。

昨年のYMF山形国際ムービーフェスティバルで招待作品となったWOWOW映画「そして、生きる。」
その舞台も、気仙沼市であった。



この時のMCは、確か鈴木淳予アナウンサーだった。

有村架純さん、坂口健太郎さんなどが出演し、月川監督が、盛岡市と気仙沼市の美しさを描いていた。

「to Revive」は、5月18日(月)〜5月24日(日)まで、ダイバーシティメディアの市民チャンネル「バイキングステーション」の中で放送予定。

鈴木淳予ディレクターが、肌で感じた復興の日々を伝えてくれるドキュメンタリー、是非お楽しみに。

ps
濱ちゃん、いろいろ、ありがとねー☆
コロナ終息したら、必ず飯食いましょう!