モンテディオ山形の社長の森谷俊雄氏が、昨年11月にモンテディオを退くとリリース、12月には、地元の河北町長選挙に立候補することを表明した。

誠実で実直な人柄は、山形県庁時代からも評判であり、その後、モンテディオ山形の社長に就任してからも、様々な課題や問題点と逃げずに向き合い、約3年間、企業経営、スポンサーとの繋がり、サポーターとの交流を軸に、1つの役割を終えたと言っても過言ではない。

「モンテディオ山形を、J1仕様にレベルアップする為に、自分は退き、専門的なプロスポーツの若きリーダーに、新たなJ1に定着するチームづくりを求める。」とした。

その話をご本人から聞いた時、心が熱くなったのを覚えている。

モンテディオ山形のことを、冷静に客観的に考えており、資金力をアップする為には、全国規模の繋がりを持つ人を添えたいとの希望があられた。

その後、ヴィッセル神戸から相田健太郎氏が、モンテディオの社長に就任した。

相田社長を見つけたのが、森谷氏である。

その後、地元の河北町の田宮栄佐美町長等から、度重なる依頼を受け、田宮町長の後継として立候補したのは、至極当然であった。



昨日の1月14日(月の祝日)、森谷氏は、河北町のサハトべに花ホールで決起大会に臨んだ。

同じ釜の飯を食べた自分は、友人として、その門出を見届けたい、心から彼の成功を祈りたいと思ったのである。

森谷さんとは、モンテディオ、パスラボ、新スタジアム推進事業株式会社の、3つの会社で同じ取締役に就いていた。



山形市を出発し、山形自動車道で北進、寒河江市で高速を降りて河北町に向かった。

冬であるが、春のような綺麗な青い空であった。



サハトべに花ホールに入ったら超満員。

800席が、立ち見も出ていて、会場は熱気が溢れていた。



壇上を見たら、珍しいくらい緊張しているように見えた森谷さんがいた。

自分は、この日、パスラボ山形ワイヴァンズのホーム戦があるので、決起大会を中座し、東根市を抜け、天童市に向かったのだ。

森谷さんの電話によると、「集まるかどうか、不安だった。しかし、開けてみたら超満員!感動して、感無量だった。」とのこと。



田宮栄佐美町長は、「これからの河北のリーダーは、森谷さんしかいない!」と、力強く話していらした。

寒河江高校から東北大学。
山形県企画振興部長、環境エネルギー部長、危機管理監を経て、山形県産業技術振興機構の専務。

その後、モンテディオ山形社長に就任し、経営を学ばれた。


本当に、河北町のリーダーになる為に、運命の流れができていたのかもしれない。

益々のご活躍を期待したい!