駅より望む小田原城城天守

 

小田原“上陸”はこれで3度目です。

近くに親戚があるお陰(!?)で、10年周期くらいで接近、通過、上陸をしてる様だ。

(手短にしときなさぃ~)

その親戚らと城へ向かった頃(二十代でした)は、まだデジカメの走りで、

撮れるデータも少なく手元に残る思い出も写真も乏しい。

今回は改めて、小田原城を撮っておきたい^^カメラ

 

 

いわゆる“後”北条氏の祖である早雲公も、駅の傍で金ピカに祭られ。

ご当地マンホール(蓋)は、盛りだくさんですな!

当然、小田原城に背景は足柄山でしょうか?その背後にもフジヤマが。

力強い川渡しは、城の堀でもあった酒匂川?

 

さて、真っすぐに城の主郭へは向かわず、八幡山の古郭跡に立ち寄る。歩く

 

 

城の重要な防衛機能を果たした八幡山。

よじ登ると、天守と同等の高さになった。目

 

小田原城は、上杉毘沙門天、武田武田菱の全盛期にあっても攻略を諦めさせた堅固の城。

幾重にも防御(堀、土塁など)を巡らし、数キロも外の総構から侵入させないのだ。

ここを力攻めしなかった秀吉豊臣秀吉は、陸から海から包囲し、また大軍の

補給も怠らず、天下に号令せんとするその力を見せつけた。幟

数年前に来たときは、直接、小田原城ではなく、秀吉が一夜にして築城し北条方を

驚愕させたという伝説の“一夜城”城石垣山城へ。

(もちろん、近くのヨロイヅカでスィーツ♪)

お馴染みのターンパイクぶーぶーや、古城跡から見下ろしたのでした。

 

 

もしかして、初登城から20年くらい経つんかいな^^;

 

小田原は、藩政期にも譜代の大名が城主となり、関八州への出入口を厳しく監視した。

廃城、天災などで遺構は大きく失われたが、近年、二ノ丸周辺(門など)の復元などを

進めており、天守のリニューアルもやってたな^^

旅はこの先、行く宛てがあるのですが、暫し、ご城下に留まる事としました。

次回、【小田原②】へ