停車場遍路の鉄道雑記帳(副) -9ページ目

停車場遍路の鉄道雑記帳(副)

画像・動画を含む鉄道趣味のブログです。ときどき戯言を書いてます。ー[2013年2月9日以前の記事はほとんどの画像が表示されません]ー

 

 

本稿はサムネ用画像以外は文章のみで、画像集としてはてなブログのこの記事があります。アメブロは画像容量の限度を超えると課金が必要なのでこのようにしています。

 

今回は実験的に旅行記全体を分割せず一括で公開しました。

 

 目的と計画

 

名古屋在住の私としては、全国の長距離フェリーのうち最も乗る必要がないのは以下の二航路である。

A.オーシャン東九フェリー

  • 東京(有明)ー徳島ー新門司

  • 往復とも夜出発-翌日が徳島ー翌々日早朝到着

  • 不定期で休航日あり

B.東京九州フェリー

  • 横須賀-新門司

  • 往復とも深夜出発ー翌日夜到着

  • 日祝と年末年始休航

いずれも、関東と新門司を結んでいる。列車なら名古屋を通過するサンライズ出雲・瀬戸のようなものだ。

これらに乗るためには、わざわざ関東に行かないといけない。もちろん用もないのに行くのは無駄なので東京見物ぐらいはする。中学の修学旅行依頼ずーっとだからお上りさんが板についてきたし。

条件として九州側は0泊としたい。つまり新門司港に朝到着して、夜出発することになる。となると必然的にA(西行き)⇒B(東行き)が決まる。

Aは東京を夜出発だから名古屋から朝移動すれば東京観光ができる。当初は昼行の高速バスを予定していたが「ぷらっとこだま」に切り替えて早く東京着とした。

Bは夜に横須賀着なので観光するなら一泊する必要がある。が、フェリーターミナルから京急の横須賀中央駅まで徒歩15分という便利さと到着時刻が20:45という絶妙さを合わせれば横浜から名古屋行の夜行バスに乗れる。

これで船中三泊のち車中泊というスケジュールの大枠が決まった。

このスケジュールの懸念はもちろん船の欠航だが、帰路のBの遅れが1時間半ぐらいしか許容できない。瀬戸内ではなく外海を通るから気になる。

結果的に問題なしだった。フェリーに乗ってる間は天気もそこそこだったし。

ただ、天気予報が不穏で当日朝まで九州側の目的地を決断できなかった。もちろん本命のプランはしっかり立てておいた。

 


「ぷらっとこだま」で東京へ

 

「ぷらっとこだま」はJR東海ツアーズの旅行商品である。本来なら「のぞみ・ひかり」が使える駅間をわざわざ「こだま」で行く。比較的すいているこだまの指定席やグリーン車が埋められるので割引されてる。

 

名古屋からの上り「こだま」一番列車は6:45発の700号である。東京には9:30に着く。観光施設が開き始める頃でちょうどいいのでそれを予約する。一週間前だと富士山が見える(二人掛け)の山側の窓側は埋まっていたが海側はだいぶ余裕があった。

グリーン車用もあって東京ー名古屋だと900円しか違わないが、近隣の座席の客の質が悪いとすごく損した気になるので普通車にした。

さて、当日である。

名古屋市内のJR駅から名古屋駅へ向かう。JRで普通に名古屋―東京の乗車券を買うと名古屋市内―東京都区内となるが、「ぷらっとこだま」はあくまで名古屋駅ー東京駅の設定なので別途運賃が必要である。スマホに仕込んだモバイルSuicaで乗る。

「ぷらっとこだま」は電子チケットであり交通系ICカードを番号で紐付けて新幹線改札を通過できる。紐づけたICカードでtoicaエリアからJRに入場すれば名古屋駅の新幹線乗換改札を通れる。この時、乗ってきた区間の運賃が引かれる。

月曜朝なので名古屋発東京行「のぞみ498号」が増発されてて名古屋駅の新幹線待合室は混んでいた。売店も混んでいたがレジが3つあるのでそこそこ流れていた。ここで「ぷらっとこだま」のドリンク引換券を使う。といってもスマホでデジタルに処理する。

途中で朝日が昇ってからは眩しかったが景色は楽しめた。静岡の手前で海側でも富士山が見える区間がある。しっかり確認した。

「自由席混み合いまして…」のアナウンスが入った。自由席が10両あるのに混むのだ。私が乗った指定席12号車はピークで8割ぐらいだった。

待避線のない熱海と全列車停車する新横浜・品川以外の全駅で後続に抜かれまくって東京に定刻に着いた。なお、ドリンクは開封せずに今晩からのフェリー内で飲むことにした。
 

地下鉄丸ノ内線に乗るのでモバイルSuicaで乗換改札を通り在来線エリアに入る。「ぷらっとこだま」の新幹線出場チェックが行われ、Suicaエリアの入場記録が入ったはずだ。

そのまま丸の内地下中央口のIC改札から出場できた。もちろん料金は0円と表示された。

 

永田町界隈

丸の内線の国会議事堂前で下車してまずは国会前庭北地区へ向かう。議事堂の敷地の入り口ごとに警官がいる。

目的は2つ、まずは日本水準原点である。

 

水準点は野ざらしのイメージがあったので石造りの建屋がそれであると最初は気づかなかった。菊の御紋がついた扉を開けないと水準器が当てられないと思うが保管維持が優先なのだろう。

同じく北地区にある花壇と噴水池の傍らにある三権分立の時計塔を見る。

 

三本の柱がそれぞれを示すそうだ。思ったより高さがある。現在、外国人逮捕者の不起訴など司法がおかしくなってるので分立と言ってられない状況ではあると思う。


次は憲政記念館へ。

 

もともと前庭北地区に隣接していたが、現在は仮住まいである。詳細は公式HPを参照されたい。


企画展示で吉田茂と鳩山一郎を取り上げていたが、前者の孫は救国(真っ最中の)高市内閣を作った麻生太郎、後者の孫は北朝鮮の戦勝80年式典にのこのこ恥辱を晒しにいった鳩山由紀夫である。人物シリーズ「継」とした企画に取り上げられる憲政に大きな役割を果たした両名の孫同士がこれほど違うとは。

「憲政の歩み」コーナーで大政奉還以来のエピソードがつづられているが、身分や納税額などの条件を無くした普通選挙が始まったのは1925年だと再認識した。この時も参政権は男子だけで女子は終戦を待たなければならない。

尾崎行雄氏に関しては全く知らなかった。当選25回で60年7ヵ月の在籍だったそうだ。

来館記念としてポストカードが4種類から一枚選べるので、こちらが所蔵している「憲法発布式之図」をもらってきた。なお、ググると同じタイトルの絵画は構図や場面違いでいくつもある。

 


続いて、道路向かいの国立国会図書館へ。

まず入館証を新館で手続して作成する。身分証明があれば15分ぐらいで入手できる。

私物は貴重品ぐらいしか持ち込めないので100円(返却方式)ロッカーに預ける。資料や小物を持ち運ぶための透明なトートバッグが無料で借りられる。

入館証の有効期限は3年だが、有効期間中に(関西館含め)入館改札を通るかネットから検索システムへログインすれば、その日からまた3年間延長される。

原則、書籍は雑誌に至るまで専用端末から申請書をプリントしてカウンターに提出し、閉架から出して来てもらう。時間がないので今回はその体験はパス。

 

開放書架は専門室に限られていた。地図室のゼンリン住宅地図で我が家を確認するぐらいしかしてないが、それなら地元の図書館でできる。

本館6Fの食堂で昼食を摂る。日替わりランチが3種類あるうちのバランスランチなるものをいただく。この日はごまだれトンカツだった。6種類から選べる小鉢がついて680円はお得だ。

食休みをしてたら時間の余裕が無くなってきた。新館と本館の間に小さな中庭があるがチラ見だけで慌ただしく退館した。地下鉄永田町駅へ向かう。

 

産業遺産情報センター

永田町から有楽町線に乗り飯田橋で大江戸線に乗り換えて若松河田で下車した。産業遺産情報センターは法務省統計局の南にあり、世界遺産「明治日本の産業革命遺産」に登録された日本各地の遺産を集約的に紹介している。

入館無料だが完全予約制である。ガイド無しコース(午前・午後各3時間)またはガイド付きコース(所要2時間:一日3回)を選択して申し込む。私はガイド付きの第2回:12:30~14:30を申し込んでおいた。

定員は10名らしいが今回は私一人だった。私は、パネル展示はどうしてもさらっと流すたちなので、ガイドがあるのはポイントが押さえられて助かる。

ゾーン1,2は全国に散らばった23か所の遺産についてで、一人目のガイドが50分かけて説明した。明治時代の産業革命というが対象は1850~1910の60年だから江戸時代から始まっている。

ここでトイレ休憩。

ゾーン3は端島について特化していた。二人目のガイドから最初に20分ぐらい座って以下の説明を受けた。

ユネスコ申請時に端島を含めようとしたら韓国の嫌がらせで抵抗された。その際、当時外相だった岸田が「事実を調査して資料を展示する」と約束してしまった。


ところが、当時の関係者からは「韓国人徴用工の差別などない」という一次証言しか出てこない。その通りの展示に韓国から来ていちゃもんつける奴がいるとのこと、だが「本に書いてある」など奴らの理由は伝聞の域を出ない。


その後30分間、案内ガイドが一人増えて2名がかりで展示を説明してくれた。2名とも端島炭鉱に勤めていたとのこと。

なお、端島とは長崎の軍艦島である。私は観光船で上陸できたことを伝えたら話が弾んだ。

現在の端島は大正・昭和の建物がほとんどで明治時代の遺構として残存する(つまり世界遺産に該当する)のは中央にある岩山(というか元来の端島本体)に刻まれた道と明治時代に掘られた坑道だけだそうだ。

徴用工に支払われてた(もちろん労働報酬として適正な)給料明細原本など奴隷労働ではない動かぬ証拠があった。徴用工自体がいかがなものかの話もあるが、申請時に「明治時代」としてるので大東亜戦争末期の1944年から始まった徴用はそもそも無関係である。

最後に「誰が歴史を捏造しているのか?軍艦島は地獄島ではありません」という冊子を2種類もらった。NHKが別の映像を使って制作した嘘のドキュメンタリーも該当するだろう。

中身をまだ読んでない…というか「韓国の出鱈目に対して丁寧に誠実に真実を提示している」ことは分かってるので「自分が知らなかった新たな言いがかりを知るのは精神衛生上よくない」と思って重い腰が上がらない。

そういえば展示コーナーに警備員がいた。それ自体は珍しくはないが、領土・主権展示館やこの施設などは感情的になった暴漢が出そうだから納得してしまう。

アンケートを書いて14:25分ごろセンターを出発した。若松河田駅に戻る。

 

水上バス(浅草⇒お台場海浜公園)

若松河田から上野御徒町・上野広小路で銀座線に乗り換えて浅草に着いた。水上バスでお台場海浜公園まで行くので桟橋に最も近い5番出口へ出た。

 

左の交差点を隅田川に向かえば対岸にスカイツリーと金色のう〇こ(にしか見えないモニュメント)を乗せているアサヒビールスーパードライホールが見える。

 

松本零士デザインの観光船が3隻あって、それぞれヒミコ・エメラルダス・ホタルナという。国立国会図書館の食堂でスマホポチポチ予約した15:30の便はホタルナである。


定員が何名か知らないが床面積のわりに少ない。窓側に背を向ける柔らかいロングシートの前にところどころテーブルがありその対面と柱の周りに島状に箱型クッションの座席がある。

 

なお、船室後方にはドリンクの売店がある。インバンが8割ぐらい乗ってたのでドリンクの売れ行きはよいだろう。

 

3分ぐらい遅れて出港し、まずは上流を向いている船体を反転させる。すぐ北の東武鉄道の鉄橋を200系が渡っていた。

 

隅田川をそれぞれの橋を紹介しながら下る。ナレーションは銀河鉄道999の車掌である。メーテルと鉄郎が合の手を入れる。浅草に向かう便と行き会う、デザインがちょっとずつ違う。

 

この船には屋上デッキもあるので条件が許せば開放される。私は窓際に座ってて視界は良好だから上らなかった、寒いし。

 

隅田川はまだまだ続くが左岸がタワマンだらけの月島に代わった。やがて河口の竹芝桟橋を過ぎ、冬の早い夕日がレインボーブリッジの向こうに沈んで日の出桟橋に着いた。

 

半分くらいの客が入れ替わった。乗降は終わってそうなのに出発が5分遅れた。フジテレビが近づいてきて結局お台場海浜公園にはそのままの遅れで16:30に着いた。

 

さて、あとは東京港フェリーターミナル(以下FT)に向かうだけだ。東京は客船ターミナルだけでも5つあってややこしい。

 

その前にお台場のスーパーで船内での食料を調達した。

 

FT行きのバスはりんかい線の国際展示場駅を通る。現在地の最寄りは東京テレポート駅だが運賃がもったいなくなった。一本だけの連絡バスはに無駄に早い時間に着くが、手続きに間に合えばいいなら45分歩けばすむ。


グーグルマップのナビが示すルートを間違えないようにたどる。特に徒歩ルートは道路とは限らないので要注意だ。日も暮れてて人工の明かりが頼りだが紛らわしくもある。倉庫が並ぶ埠頭に渡って進むと突き当りにFTが見えてきた。

 

オーシャン東九フェリー

東京港FTは閑散としていた。寒いので早足で歩いたら17:32着の連絡バスより先についてしまった。


19:00出航、18:30乗船開始、18:00乗船手続き開始でまだ窓口は締まっている。が、乗船券発行機は稼働していた。予約番号その他を入力すれば出てきた。

 

待合室に上がると2人先客がいた。Wifiは使えるが疲れていてポチポチが面倒くさい。でもぼーっと待ってるのも暇である。さらに腹がすいている。

 

というわけで、本来なら明日の朝食にしようと思ってた総菜パンを自販機の白ぶどうジュースでいただいた。夕食は乗船後にカップ麺を食べようと思ってたが仕方がない。

 

この航路のフェリーは客室デッキが一層しかない。三層あって出入口のホールがエレベータ付きの吹き抜けってのが定番だが、必然的に乗客のキャパも少ない。

そのせいで食堂がなく「すべて自販機と電子レンジで賄うフードコート」がある。そこをオーシャンプラザという。一食ぐらいは食べてもよいと思ってた。


とにかくうだーっと待ってようやく乗船である。長距離フェリーもルームキーの電子化が進んでるが、この船は物理キーである。

 

荷物を置いて部屋着に着替える前に船から港の画像をデッキで撮った。

 

今回は二人用個室を一人で使用する。運賃は一人分・部屋代は一部屋分でカウントする。安くはないがリーズナブルではある。ただ、ベッドメイクがセルフサービスでいろいろある材料の組み合わせに困惑した。

暖房が効くから毛布はいらないのにある。枕に枕カバーを被せてマットレスにシーツを敷く。掛けるのはキルケットだけでもいいがせっかくシーツもあるので使った。

そうこうしているうちに出港した。意識して右舷の部屋にしたから、太平洋に出てもずーっと陸地側である。

 

出航後ゲートブリッジ通過をなんとかデッキで撮った。羽田空港をはじめ京浜間の夜景が過ぎて行くのを眺める。横浜のランドマークタワーを確認したので風呂に入った。


風呂上がりにアイスクリームをいただいた。FTで早めに食べた分と合わせて腹は満ちた。暖房はしっかり効くし外は光が少なくなったしでカーテンを閉めずに寝てしまった。

 

夜中に目が覚めると満天の星空だった。空気が澄んでいるのは田舎だけではない。陸上に限る必要はないのだ。

 

カシオペアも北斗七星も星座を構成する明るい星々の周囲に多くの小さな星々をまとっている。

 

そしてセオリー通り北極星を見つけたのでもうひと眠りした…が、船の揺れが大きくなった。時折、下の車両甲板から衝撃音が聞こえる。何かがゆすられて当たってるのか分からないが振動も伴ってシャレにならない。

 

何度か起こされるうちに朝は来たが当然まだ暗い。腹がすいたのでオーシャンプラザで持参のカップ麺を作る。熱湯とお箸は無料である。

 

日が昇ると紀伊半島が近くなって大台山地が雪を被っていた。

 

天気は良くて景色も申し分ないがなにぶん速度が遅いので景色の移り変わりが緩慢である。というわけで「ながら読書」をする。その成果がこの過去記事である。

 

潮岬を通過、同じような断崖が東西に2つ並んでるが東側は大島で、本土とつながってる潮岬は西側である。地図で確認すると灯台は少し西にずれてて、東西方向では展望台の方が最南端に近い

 

船はここで進路を北西に変えて寄港地の徳島へ向かう。

 

総菜パンと「ぷらっとこだま」で引き換えたペットボトルのミルクコーヒーの半分で昼食にした。残りは冷蔵庫にいれたが「開栓後はすぐ飲んで」とあるので明日まで持ち越すのはやめよう。

紀伊半島の南西を北西方向に進むと白浜が近づいてきた。「姉妹船と行き合います」とのアナウンスでデッキに出たがうまく撮れなかった。なお、この航路は4隻で運用してるので行き合いは3回あるが残りの2回は夜中である。

淡路島の南岸が近づいて、その西の端に大鳴門橋が見えてきた。まもなく徳島に入港である。停泊時間は一時間なので一旦下船できるわけもなく待機する。

が、出航時間の14:20になっても動き出す気配がない。まだせっせとトレーラの積み込みをやっている。結局20分遅れで出航した。

大きく反転して太平洋経由で新門司港へ向かう。そのまま鳴門海峡を通れば近そうだけど、室戸・足摺岬と迂回していく。その手前で蒲生田岬と伊島の間は通らず伊島の東を迂回するので、さらに大回りになる。

以後は四国の東南に沿って南西に進む、かろうじて見える岸辺の町は海陽町あたりだろうか。

冬の早い夕日がまだまだ遠い室戸岬に沈んだので風呂に入った。その30分後に灯台の明かりが点滅するのは確認した。


夜中に目を覚ましたら足摺岬は過ぎていた。まだ外海だけど昨夜のような衝撃音はなかった。波は穏やかだったと思う。

ひと眠りしたら佐賀関あたりだった、さらにウトウトしたら車両甲板で何やら機械音がした。まだ3:50だったが何やら到着の準備が始まったのだろうか。

新門司到着は5:35だから、早いけど起きてそのあと2回目のカップ麺で朝食にした。これでお台場のスーパーで買った食料は使い切った。

さて、部屋に散らかった荷物の梱包である。部屋着のスウェットをうまく詰めればあとは成りゆきでなんとかなる。

ここで水事情を書いておく。水とお茶は冷・熱共に無料のサーバーがある。ただ洗面台の水が引用不可なので歯磨きの際は悩ましい。飲み込まなきゃいいとは思うが。

さらに書き忘れてたが、せっかく部屋にテレビがあるので久々に見てみた。地上波は県をまたぐたびに受信チャンネルサーチが必要だし陸地から離れるとしんどい。BSはさすがにずっと入るけど。

周防灘に入り、二回目だが覚えがない夜景を見ながら新門司港に入港したがまだ30分早い。大きく反転してから定刻の5:35に着岸である。ところで昨日の徳島発の20分遅れは軽く取り戻してるがそういうものなのだろう。

乗客が少ないのは港からの送迎にも影響していた。無料のバスは無く代わりに門司駅まで550円と格安で乗合タクシーが利用できる。予約は必要なので期限までに船内の案内所ですませないといけない。

タクシーは一台だけ待ってて乗客は他に2人いた。運転手がチケットをもぎる。そそくさとターミナルの画像を撮って乗り込む。

 

宗像市営渡船と大島・地島観光

福岡県宗像市は大島・地島という2つの離島に本土側の神湊(こうのみなと)からそれぞれ渡船を運航している。

 

午前中は天気がよろしくないが、予定通りこれらに乗りに行く。

 

新門司フェリーターミナルからのタクシーは順調に門司駅に到着したので行程を前倒しで進める。JRの(特急を除く)一番早い乗り継ぎで東郷駅まで移動する。

 

どのみち神湊渡船ターミナルへ行く西鉄バスの一本前の便には間に合わないので東郷駅で予定通りの便を待つことになった。

 

駅の宗像大社口に出たら昇ったばかりの朝日が低い雲に半円の虹を映していた。腰掛けられそうなところは雨に濡れているので駅に戻って改札前のベンチで時間をつぶす。おりしも通勤・通学時間で多くの利用者が行きかう。

 

9:25発のフェリーで大島へ渡る。雨が断続的に降ってて撮影どころではないのでおとなしく席に座っていた。

 

大島には世界遺産である宗像大社の沖津宮の遥拝所および中津宮をはじめいくつか観光スポットがある。本土側には辺津宮があり、神湊まで来るバスも「宗像大社前」停留所を通って来たのだが今回はゆっくり参拝する余裕がなくパスした。

 

で、雨が時折強く降るあいにくの状況だが、これが13時くらいまで続くらしい。その時刻には神湊へ戻る便に乗ってる。

 

天気がよければ電動アシスト自転車(1500円)を借りて島を一回りしようと思ってた。あきらめて、沖津宮遥拝所まで「のるーと」という乗合タクシーサービスを利用した。一乗車300円である。

 

遥拝所にはお社の軒下の他には雨風しのぐ場所がないので、タクシーを待つ間居場所もないから歩いて戻ることにした。

 

これがまずかった。本降りの通り雨に身を縮めながらなんとか中津宮まで戻り、参拝しつつ雨宿りをした。

 

その後、浜沿いの道路を東にある海水浴場の夢の小夜島まで行ってみた。引き続き雨の中を戻って港近くの食堂でごまだれ刺身丼をいただいた。

 

まだ一時間あるが大島港ターミナルへ戻り、もう使わないことを確信して折り畳み傘を干す。

 

待つ間に甘夏シャーベットを食べたんだがめちゃめちゃ硬くて苦戦した。溶けてきたらきたで、シロップと水分がだいぶ分離していて味の濃い薄いが偏ってた。多分ちゃんとしてればうまいはず。

 

13:00の神湊行きは晴れた空の下を出発した。デッキで時折休憩しながら風景の動画を撮った。13:25の定刻に神湊に戻ってきた。

 

次の地島行きは15:10で時間がある。グーグルマップを見ると神湊ターミナルの近くに宗像神社の頓宮があるので行ってみた。

 

参道入り口の鳥居は立派だが上って行った先はいかにも何かお社があった風な広場だった。その奥に進むと小さな祠があった。賽銭箱がないが一応お参りしてきた。

 

地島は人口122人の小さな島で渡船はフェリーではなく旅客船である。一月に2便だけフェリーが運航される。車両の運搬はこのタイミングだけしかできない。

 

船が小さいので少しの波でもジャンプする。乗船時間が長ければ船酔いするレベルである。15分で泊港に到着し高校生が一人降りて行った。

 

さらに10分で白浜港に到着である。ターミナルではなく小さな待合室がある。なお、集落の名前は豊岡である。神社があったのでお参りした。

 

遊歩道を散策するのもよいが、白浜港から泊港まで県道を歩いて移動することにした。泊港で次の便の発着を動画に撮るのが目的である。

 

島の道路あるあるで港の集落を出るといきなり標高を稼ぐ。ところどころ「イノシシ注意」の看板がある。

 

最高地点のわきに水タンクがあった。おそらく島の水道だろう。その先に小学校があった。プールもあるがあのタンクでは足りない気がする。

 

泊の集落まで下りてきた。トイレもない木造の待合室は先ほど船内から見えてたが、ちゃんと新しい公共施設の一部にトイレ付きの待合室があった。

 

「親水広場0.1km」の表示を見つけて行ってみると小さな松林の向こうに浜辺を望むベンチがあるだけだった。本土側の鐘崎港が間近に見える。なのに渡船は遠い神湊へ行くのは港を集約した方がメリットがあるんだろう。

 

地島発の乗船券は船内で販売するのだが、なぜか窓口に人がいる。白浜港の待合室もそうだったが宗像市図書館の出張所でもあるようだ。

 

港の係が話しかけてきたので「16:55の白浜行きの発着を撮影して折り返してくる神湊行き17:40で戻る」と説明した。島の利用者は全員顔見知りだろうし、釣り人以外の余所者は怪しいのだろう。

 

ともあれ撮影はできた。待合室でTVを見ながら時間をつぶした。

 

勝手に小学校の職員かと予想したのだが、若い人が数名乗り込んだ。通勤需要もあるわけだ。日がとっぷり暮れて暗い海をジャンプしながら神湊へもどった。

 

港へ入る直前で東郷駅行きのバスが出発していった。この船が17:55着なのに17:54発に出てしまう。基本、大島便とは接続があるが地島便とは無い。

 

コミュニティバスもあるのだが全く意識してなかった。ともあれ東郷駅行き18:54を待つ、これが終バスである。

 

動画を取ってきたので貼っておく。

 

東京九州フェリーと帰途

新門司港23:55で、小倉駅からの送迎バスは22:10発である。東郷駅からのJRも順調で20時前に小倉駅に着いてしまった。

 

駅地下のマックスバリューが22:00まで営業なのを確認して、夕食兼時間つぶしにガラガラのゼッテリアに入って21:30まで粘った。すぐ隣にマックもあったが例の転売ヤーへの対応の悪さ以来避けている。

 

マックスバリューで総菜パンを調達しようと思ったが時間が遅すぎてでっかいピザパンしか残ってなかった。五個入りのミニクロワッサンが安かったのでそれにした。あと、カップ焼きそばと。

 

送迎バスは22:05にやってきた。門司駅からも乗ったが観光バスタイプに半分も乗ってないだろう。


東京九州フェリーのターミナルは港の海の東側にある。他のフェリーが港の海の西側なので比較的新しい航路なのだろう。

 

バスはターミナル玄関前に着いたがここではフェリーの船首側も撮れるのでそのアングルを探しに遠ざかる。

 

ターミナル建屋も撮って内部へ。QRコードで乗船改札を通過できるので手続きカウンターはパスして待合室へ。待ってる人がいるからまだ乗船開始ではないようだ。

 

衛星wifiの案内に「au契約者は無料、その他は24時間1500円」とある。auユーザではないし、このwifiが届く範囲に客室がないのでやめておいた。

 

23:10分ぐらいだったろうか、乗船開始である。一般的には船のメインロビーに出入口があるのだが、後方から入ってそこそこ通路を歩いた。デッキプランを見たらドライバールームのエリアだった。

 

QRはルームキーを兼ねてるんでセンサにスマホ画面を当てて解錠した。室内が異様に暑い。小さなルーバーが天井にあるだけで温度調節もへったくれもない状態である。

 

まずは荷物を置いて船からの写真を撮る。航海中でなければ夜間でもデッキに出られるようだ。

 

1:00まで風呂にはいれるが眠い。あきらめて部屋着に着替えようとしたらハンガーがない。上着を架ける用のフックしかない。腰掛の上のリュックの上にズボン等を乗せた。

 

部屋着でも暑そうなので着ずに、夜中にトイレに起きる場合は着ないといけないなと思いながら床に就いた。

 

案の定目が覚めてトイレに行ったらロビーから大きな話し声が聞こえた。結構大人なのにバカップルがうるさい、特に女の方。通路とロビーの間に自動扉があるのでそこそこ防音はできてるがロビーにいる客には迷惑だ。そういえばほかの船ではよく見かけた注意、マナー喚起の張り紙がない。

 

次に目が覚めたら5:30で足摺岬の手前だった。ここから船は潮岬まで沖合を一直線に進む。携帯電波は入らないだろう。一般のwifiは無料で一航海5回x30分利用可能だが地上キャリアの電波を利用するから同様に使えない。

 

ただ、ネットにつながらないだけでLANで提供される漫画は読める。でも、混雑時にはLANのIP不足でつながらない。


パンとコーヒーで朝食をとったら夜が明けた。前方が展望できるフォワードサロンは明るくなったら8時を待たずに開放されていた。なお、食事・居眠は厳禁である。

 

風呂は8時ちょっと前に再開したらしい、きっかりに入ったら先客がいた。朝風呂ついでに朝アイスも食べて歯を磨いた。ところで脱衣場に冷水器がないのはいかがなものか、洗面台の水は飲用不可とは明記されていないが。

 

高知の町並みは遠すぎて不確かだった。さすがに室戸岬は最接近ではないものの携帯電波は拾った。ロビーに現在位置モニターがないので仕方なくスマホのGPSを見ていたが客室のテレビの地デジの12チャンネルにあった。

 

テレビの音声は本体スピーカが無効になっていて枕元のイヤホンジャックで聞く。他にUSB-A・AC100Vがあるのは分かるがHDMIは持ち込みのタブレット用なんだろうか。

 

ところで、船内放送のスピーカがフリースペースと通路にしかないらしい。せめて区画ごとにはほしい。さすがにグレードの高い個室にはあるだろうが、私の小さな個室には無いしドアがある分ドミトリー形式の区画より聞こえにくいだろう。

 

9:00からスクリーンルームでプラネタリウムが上映されたので観た。満天の星空ではあるが固定されて動かない。それをベースに前半はオーロラと花火、後半は昼間の水中から見るエイと夜になってからのクラゲだった。まあ、いびきかいて寝ていたオヤジが正解だ。

 

10:12の姉妹船との行き合いはこちらが太陽側なら撮ろう思ってたが逆だった。時間は前後するのに直前にアナウンスしないので汽笛が鳴ってからデッキに出たが後の祭りだった。

 

潮岬を過ぎると今度は石廊崎まで一直線である。引き続きうだっとしていると、予定の12時を待たずに食堂が昼食営業の案内を始めた。この船では夜食&三食で営業されるが、この一食は食堂で摂るつもりでいた。横須賀海軍カレーをいただいた。

 

紀伊半島が徐々に遠ざかりやがて正面は志摩半島で陸影が途切れる。奥に渥美半島があるはずだが見えない。当然電波は入らない。

 

見えない遠い陸地に(地形的に見えるのかどうか知らんけど)富士山を探すけど雲に阻まれている。前方に石廊崎が見えてきたら日が暮れた。

 

というわけで夕食である。カップ焼きそばのお湯は自販機横の熱湯サーバから、お湯を捨てるのはその横に小さな流しがあることは確認しておいた。

 

あとは下船に備えて部屋でパッキングである。部屋が狭くて散らかしようがなかったが、部屋着は一番底に入れるので手間としては変わらない。

 

部屋に窓がないので起きている時間の半分くらいは部屋の外にいたと思う。ドミトリーでよさそうなものだが、至近に鼾がひどい客がいると寝られないからである。耳栓を突き抜けてくる。夜行バスのように走行音がベースではなく静かな環境に響き渡る。

 

荷物だけ部屋に残して到着までを旅装で過ごす。まあ、夜景を見てぼーっとしてるぐらいだが。定刻より10分早く横須賀港に着岸した。

 

京浜急行の横須賀駅までは下船したそれらしき数人についていく。20:57の特急に乗れたので横浜に21:25に着いた。夜行バスは23:35発だから横浜駅のどこかで時間をつぶしたかったがマックは混んでいた。スカイビルのスタバも満員だった。

 

仕方ないのでYCATの待合室で過ごす。過去にここへ名古屋から夜行バスで来て羽田空港行きに乗り換えた。その時登録したwifiが自動的につながってびっくりした。

 

23:20になったので集合場所である「横浜スカイビル2Fペデストリアンデッキ」に向かう。ビルの間の吹き曝しだから寒い。

 

係の案内で整列し予約名簿と照合ののち他の3便とまとめて乗車場所へ移動した。確かに乗り場の狭い歩道にこれだけの人数が集まると邪魔でしかないのは分かる。

 

名古屋行きは満席だった。休憩は海老名SA・掛川PA・刈谷PAの3か所だった。最後は名古屋駅まで35分ぐらいの地点だからおまけみたいなものだが運転手の職務規定上しょうがないのだろう。

 

ー了-