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北海道で最初の鉄道は幌内炭鉱の石炭を小樽(手宮)に輸送した。フェリーで小樽港に到着し小樽築港駅から逆ルートをたどった。岩見沢まではJRで行けるが、そこから先は幾春別行きのバスに乗り三笠公民館前で下車した。
南を流れる幾春別川の向こう岸に旧三笠駅が残されている。三笠鉄道村はここと2km余り先の旧幌内駅エリアに分かれているが、こちらはクロフォード公園として整備され、80系特急型気動車のグリーン車・食堂車込みの6両編成が保存されているのは界隈ではよく知られている。
なおここから旧幌内駅まで線路が続いていてその中間地点までを足漕ぎトロッコで往復できるのだが、そういうしんどそうなのは好きではない。昼から雨が降って以後の便は中止しそうだがパスして市営バスで幌内ゾーンへ向かった。鉄道記念館と多数の保存車両がある。
通常土休営業の乗ってるだけでいいトロッコはスタッフの調達ができずに予め休業の情報が出ていた。幌内地区まで残るレールの上を通れる唯一の手段だが仕方ない。
SLは運行していたので車窓の動画も撮れた。あと食堂車だった車両を利用したレストランで食事もした。
詳細と画像はこの記事にて
今日の宿は滝川にとってある。岩見沢でも、翌日の行程の起点である深川でも良いのだが、どちらも宿が高い。
宿に到着してすぐ洗濯した。最近は「ナイトウェアは室内のみ」の宿がちらほらあるが、ここはフロントの前をウロウロしても構わないそうで、なんだったら履いてるジーンズすら洗ってしまって問題ないが汗まみれのシャツほどではないのでやめておいた。
翌朝、滝川から深川へ移動、深川駅前からJR北海道バス深名線に乗る。時刻表上は幌加内止まりだが同じ車両・運転士が名寄まで行く。
鉄道の深名線には45年前の国鉄時代に乗ったことがある。深川→名寄で朱鞠内を過ぎた先の集落から小学生が乗ってきたのを覚えている。今でこそ公立小学校の統廃合が進みJRでの通学は珍しくないが、駅がある規模の集落なら小学校はあるだろうと思ってたので驚いた記憶がある。
今回はその区間までは行かずに湖畔バス停で折り返してくる。6・7・8月だけ2往復が朱鞠内湖のまさに湖畔に乗り入れている。なお、鉄道時代の湖畔駅は湖へ行く道が国道から分岐する地点の北側にあった。位置は分かるが叢の下の痕跡の有無は分からなかった。
間合いが3時間半あるのだが、朱鞠内湖のレジャーは釣りかキャンプがメインで一般の観光客向けではない。私は遊覧船が目的だったが2人以上でしか運航しない。偶然もう一人居て良かった。
ちょっとした散策とレストランでの食事と少し国道側へ戻ると展望台があったがそれでも時間を持て余した。
帰りのバスも事実上は名寄ー深川を通しで運行していた。なお、運賃もキロ程から通算されるので別々の便として支払うよりちょっと安い。
残存している駅舎は往路で「添牛内」、復路で「沼牛」が撮れた。どちらも走行中だが左側に座ってて偶然撮れた。なお、幌加内、朱鞠内はターミナルが駅跡である。幌加内には深名線の資料室があるのだが平日しか開いてないそうだ。
深川まで戻ってきたが今晩の宿は留萌である。旭川から来る18:13を待つがすることがない。近くにコープさっぽろがあったので夕食と朝食を買って、前者はイートインした。
留萌行きのバスは観光タイプでトイレ付きである。峠下までは留萌本線とはもともと異なるルートで運行している路線なので前半は見慣れぬ景色である。
峠下から留萌本線の廃線をところどころ確認できた。やがて4車線になり両側に商業施設が並んで留萌市街に入った。既に旧駅舎には留萌駅の表示はないが「留萌駅前」というバス停は残っていた。
詳細と画像はこの記事にて
サムネとして朱鞠内駅跡を貼っておきます
ホテル最寄りのバス停で下車、ほぼ乗ってるだけだがしんどい一日が終わった。
ーつづくー




