今年になってからモノクロ作品は4本目。「ベルファスト」「親愛なる同志たちへ」前回の「パリ13区」そして本作「カモン カモン」。モノクロ作品にするには大きく分けて3つあると思っています。「残虐性を隠すもの」「ノスタルジックを求めるもの」そして「人間の深層心理だけを感じ取ってほしいもの」。本作は2つ目、3つ目を踏襲していると言えるでしょうか?主演ホアキンフェニックス。「ジョーカー」で主演オスカーを獲得し、いまや演技派の先頭集団にいる彼が9歳の甥にかき回されます。「わかっていると思ったのに」「わかっているはずだったのに」気ままな一人暮らしだけども子供と接する機会が多くて多少なりとも子供のことは理解していると思っていた。何も知らないと思っていても子供は感づいている。感じ取っている。理解しているはずの子供の心の奥底にあるもの。小さなモンスターと過ごした数週間、誰にでもあった子供時代、その心の奥底に抱えていたものそれはもうとっくに消えてしまっているけどなぜかそれを思い出そうとしてしまうモノクロ作品です。

ジョニーはアメリカ各地の子供たちにインタビューしてその内容をラジオで流す、ラジオジャーナリスト。デトロイトで仕事を終えホテルへ戻ったジョニーに久しぶりに妹ヴィヴから電話があった。数年前、アルツハイマーの母親のことで仲たがいし、母が死んでからは疎遠になっていた。ヴィヴの夫は音楽家として各地を巡業しているのだが精神疾患を患い、症状が悪化しているという。彼の世話をするために家を空けるので9歳の息子ジェシーの面倒を暫く見てほしいという。独り身のジョニーは戸惑ったが妹の窮地を救うべく妹の住むロサンゼルスへ向かった。
子供たちと接触する機会が多く多少は子供のことを分かっているつもりだったジョニーだが甥のジェシーにはタジタジだった。
「なぜ、結婚しないの」
「なぜ、別れたの」
「なぜ、ママと仲良くないの」
自分の心の中にヅカヅカと入って来て触れてほしくない部分をも鷲掴みにする。ジョニーは心が休まる時はなかったがジェシーはジョニーが仕事で使うマイクやテープデッキに興味を持った。ロサンゼルスの妹宅で数日を過ごしたが仕事のためどうしても自宅のあるニューヨークへ戻らなければならなくなった。ヴィヴの夫の病は思いのほか重かった。しかもどうやらジェシーは自分の父親の病気を知っているらしい。ジェシーはジョニーと一緒にニューヨークへ行くことになった。出会いから随分とジョニーはジェシーに手を焼いたがニューヨークでの生活で二人の関係は随分と縮まっていく。そしてジョニーの仕事に付いて今度はニューオリンズへ、だが別れの時は近づいていた...。
子供と言うのは何を考えているのか、わからんけどその発想と言うのは時々我々大人を驚かすことがあります。無限の可能性もあるし何といってもこれからの世界を牽引していく人物がこの中から出てくるわけです。まさに地球の宝やね。そんな子供の心の奥底にあるものって我々大人にはなかなかわからないというか、理解できないものがあります。しかし我々大人にも子供時代はあったわけでその時自分は大人に対して何を思っていたのかと考えてしまいます。けどそれは大人になる程に薄れていってしまいます。この作品のホアキンが演じたジョニーもそれはあったわけやし、ジェシー少年もいつかは大人になっていくわけです。人生はこのいたちごっこの繰り返しやね。