今年の年末・正月の休みは長いので暇を持てあまし気味ですね。それでも初春ということで願掛けというか開運のために行動を起こそうと思い立ちました。何でも国東には運気の上がるスポットがあるということで訪ねてみたいと思います。(2020/1)
大分空港の近くにもパワースポットが点在しますのでこの機会に訪れてみたいと思います。まずは初春の初詣として奈多宮を参拝します。
奈多宮は宇佐神社との関係が深く宇佐神宮の別宮として同時期に創建されたのではと言われます。
海沿いに鳥居があり松林が参道となるなど珍しい白砂青松の”海神社”です。
この辺りの海は美しい海水浴場として有名で夏は多くの海水浴客で賑わいます。沖にも鳥居が見えています。
大分空港もすぐ近くで飛行機が着陸していくのが見えます。
参道は砂浜から松林の中を進んでいく感じです。
奈多宮の歴史は深いため大友氏との関連も深く奈多宮の宮司の娘が大友宗麟の正室となっています。このためキリスト教に傾いていく宗麟との間に軋轢が生じたと言われています。
空港を利用する際にいつも気になっていた安岐城にも立ち寄ってみます。赤い橋のすぐ近くです。
小径を入ってすぐが安岐城跡です。元々は大友氏の一族の田原氏が居城していましたが、九州の関ケ原と呼ばれる戦いで黒田官兵衛によって陥落されてしまった小城です。
しっかりした案内板があると歴史の勉強ができて有り難いです。当時の城主は垣見一直で秀吉の家臣ですので西側になりますので黒田官兵衛の攻撃の的になりました。
現在は本丸跡に神社の社が建てられているのみです。
大分空港で一服してさらに北を目指します。
さて富来港に着きましたがこの地域が縁起の良い開運のパワースポットになっています。こちらは願い事をしながら渡ると願いが叶うという橋です。
”富が来る”という縁起の良い名のこの路には開運スポットが集まっています。私もここから運気を頂戴したいと思います。
開運ロードの起点の富来開運橋にはなんと宝船の飾りがされています。
こちらは金運を呼び込む”マネーの来る猫”のマネーき猫です。少しはしょりすぎでしょう。(笑)
富来港から文殊仙寺までの約10キロが開運ロード”富来路(とみくじ)”と呼ばれてるという事です。
途中城マニアの私では見逃すわけにはいかない富来城跡の看板がありましたので立ち寄ります。
こじんまりとした小高い茂みの城跡らしき場所が富来城の本丸跡になります。当時の城主・熊谷直盛はやはり秀吉の家臣ですので黒田官兵衛軍が攻略にやってきたようです。ちなみに東軍である杵築城(松井康之)が大友義統軍に包囲されたことから黒田官兵衛は先に杵築城の救援に向かいそのまま別府の石垣原で大友軍を破ってから再び富来城に戻ってきます。着々と黒田官兵衛の豊後平定が現実のものになっているところですね。
富来城石垣跡の案内が立っています。一部に石垣が残っているとのこと。
この露出している野面積みの石垣が当時の石垣跡でしょうか。
小さな城でも黒田軍相手にしっかりと城を守ろうとした城代の心意気の残る城跡です。
開運ロードをさらに進む途中で富来神社にも参拝します。この日は残念ながら名物のおみやげ屋さんはお休みでした。
富を呼び込む神社として縁起の良い”富来神社”は強力なパワースポットでしょう。
今年の金運の上昇を特に念入りにお願いさせていただきました。
さらに進むと文殊仙寺が近付いているようで霊地・文殊仙寺の案内板が目に入って来るようになりました。
文殊仙寺の入り口に着きました。初めてやって来ました。文殊仙寺は2018年に開山1300年を迎える国東半島の六郷満山文化の代表寺院で
3人寄れば文殊の知恵の発祥の地と言われます。
文殊仙寺の史跡の案内板です。
文殊仙寺は「三人寄れば文殊の知恵」発祥の寺です。
雰囲気のある石段の道を登っていきます。
古い仁王像がお迎えしてくれますがその先には約300段の階段が待ち受けます。
一気に登ることは難しかったですので、途中で休憩しながら登って行くと割と楽に登れます。
大きな岩盤の中から本殿が突き出ているように見える珍しい本堂で後ろの周りには大きな岩盤や奇岩がそびえています。
本堂を下から見上げると舞台造りの構造であることがよく分かります。
本堂の中では護摩炊きが行われることが有名ですね。ご本尊の文殊菩薩は12年に一度しか公開されないとのことです。
洞窟の中の役行者にもお参りします。
まだ松の内の間に開運ロードを通って文殊仙寺に参拝が出来て良かったです。今年の運勢はこれで大きくアップしそうで最高のスタートが切れたのではないでしょうか。一年経つのが早くなってきているので毎日を大事に過ごしていきたいです。(35)