佐賀関は関サバ関アジのブランド魚で有名ですが最近では大火災があって災難で有名になってしまいました。今回は佐賀関の歴史ある有名な神社に復興祈願に訪れたのとこの時期にしか見れない蝶の観察にやってきました。坂本竜馬と勝海舟が宿泊した寺など歴史的な見どころもありますが今回は別のスポット巡りをします。少しでも復興支援になれば良いですが。
最初にやってきたのは由緒が紀元前に遡る歴史のある早吸日女神社です。古くから信仰集める早吸日女神社ですが関ヶ原の合戦の直後、豊後の東西の藩の対立に巻き込まれてその時に神社は全焼してしまいます。(佐賀関合戦)
現在の社殿の多くは江戸時代に再建されたもので総門、本殿、石鳥居、神楽殿などを見学することができます。加藤清正公や細川氏の支援が大きかったようです。
この石鳥居は刻銘から1640年肥後藩初代藩主細川忠利の寄進によるものです。
漁業の多いこの地の海上安全の神・厄除開運の神として古くから多くの信仰をあつめています。この総門は1697年に肥後藩三代藩主細川綱利により建造されたものです。
神社から見えるのはJX金属の精錬所の大煙突です。大分の人にとっては日鉱佐賀関という呼び名が分かりやすいと思いますが佐賀関の街の繁栄を支えてきた会社です。
神社の社務所です。
神社の由緒が書かれていますが、紀元前667年に神武天皇が訪れた際、速吸の瀬戸と呼ばれていた豊後水道の海底にタコが住み佐賀関の海を守っていたそうです。そのタコから海女の姉妹が海の深くに潜り神剣をもらい受けて、神武天皇へ献上したといわれています。それ故にタコとの繋がりが深く境内のあちこちにタコを見つけることができます。
雰囲気のある境内の様子です。
手水舎にもタコのオブジェがありました。龍とタコの対比が面白いです。
参道にもよく見るとタコのオブジェがありました。
神剣を守っていたといわれるタコも神楽殿に収められています。この神楽殿も1604年に加藤清正によって建立されたものだそうです。加藤清正は参勤交代の街道確保のため海路豊後の鶴崎に飛び地を持ちここ佐賀関の速吸姫神社の社殿を再建したり神楽殿を建立するなど大きな支援を行ってくれました。
タコの絵を奉納して一定期間タコを食べずに願い事をすると成就すると言われる「タコ断ち祈願」を行っています。たこ焼きなんてもってのほかですね。
境内のあちこちにタコのオブジェなどがあって見つけるのも楽しいですね。
拝殿にて佐賀関地区の大規模火災からの早期の復興を祈願しました。
1850年の再建とのことですが素朴な造りです。
早吸日女神社の目の前ですが佐賀関には有名な和菓子屋が存在しますのでお土産を買いに寄ってみます。高橋水月堂です。
この関さば最中と関あじ最中が有名でお土産に喜ばれます。つぶあんとこしあんの違いがあります。
次に街中から離れて海の方に向かい関崎海星館を目指します。木立の細い道路を進んでいきます。
約15分で関崎海星館に到着しました。
海に囲まれたここ佐賀関にはたくさんのビュースポットがあります。
天気も良いので遠くの島々までよく見えます。空も海もきれいで癒されます。
館内はガラス張りで美しい海と空を一望できます。
海生館はプラネタリウムもある施設で天体観測ができる望遠鏡も備えています。宇宙に関する展示・解説も分かりやすいです。
そうこの海星館はアサギマダラの飛来地であることが有名です。春には南西諸島などから北上し途中九州を経由し本州中部や関東方面へ移動します。大分県にも姫島や佐賀関に飛来して休息していきます。
建物の周りにはスナフキ草の花が植えられていますので春と秋にアサギマダラが飛来してきます。
時期が合えばもっと多くのアサギマダラが舞っていたのでしょう。
少し時期が遅かったせいかアサギマダラの数は少なめでしたが館の周辺あちこちで蝶を確認することができました。
海の方を見下ろすとはるか先に灯台が見えています。関崎灯台です。
この海星館から自然遊歩道を歩くとあの関崎灯台に行くことができますので行ってみましょう。
少し小道を進むことになりますが約10分の坂道ですのでゆっくりと歩きます。
帰りがきつそうですが下りは比較的楽に進めます。
やっと灯台の下に到着しました。
1901年7月20日に点灯した大分県内最古の灯台で120年以上佐多岬との間の豊予海峡を航行する船の安全を守っています。
現在は無人化されていますがLEDライトに切り替えられるなど近代化が図られています。
そして昼食は佐賀関のレストランで海産物をたっぷりと乗せた海鮮丼をいただきました。新鮮で美味かったです。
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