本日は大変な快晴の中第13回ザビエルの道ウォーキング大会に初めて参加します。最近お気に入りの日出町にまたまたやって来ました。かつて山口から府内へ目指したザビエルが越えて通った山道を歩いて体験します。
日曜の朝の暘谷駅です。人影もまばらです。
会場の大田公園にやってくるとすでに受付が始まって人が大勢いるのが分かりました。人気のイベントの様です。
参加者にはチラシとウォーキング地図とザビエルの顔入りのゼッケンが配られました。私は12キロコースに登録しています。20キロは自信が無いですね、2年前関ケ原では16キロを走破しましたけど。
出発式では町長さんの挨拶もありました。空が青いです。ストレッチをしていよいよ出発します。
12キロコースの参加者はバスで経塚山の山頂近くまで連れて行ってくれてそこからスタートになります。けっこうな人数です、バス2台です。
既にここから奥別府の山々が良く見えて気持ちが良いです。
さて小道を入りいよいよザビエルが実際に通ったと言われる道を通っていきます。12キロのウォーキングの始まりです。
ほとんどが下りなのはありがたいですが道がけっこう細く道は本当の山道で舗装もされていないです。
ところどころ細い道をあって足元が滑りそうになります。だんだんと膝が痛くなってきます。
下りの山道をひたすら歩いて行きます。途中滑ってこけた人も二人くらい見ました。
途中のビュースポットに看板が出ていました。
確かにザビエルもこの風景を見たとしたらその美しさに感動したのではと思います。
途中にあったのは石切場です。江戸時代から昭和にかけての石切場跡です。かつてこのあたりから日出暘谷城を見渡すことができたことから一目城とも呼ばれたそうです。
お城に使えそうな石を豊富に切り出していたようです。
足元も砕けた石がゴロゴロしており歩きにくいですし足を痛めそうになります。
約2.5キロ下り終え山田湧水で一休みです。冷たい湧き水の美味しかったこと。
最初のチェックポイントですが途中アサギマダラの生息地に寄ります。
おやびっくり。この時期あちこちからアサギマダラが飛んできて花の回りを優雅に舞っています。
きれいな蝶ですね、こんなにたくさん飛んでいるのには初めて出くわしました。ちゅうどこの時期だけだそうで来れて良かったです。
2匹の蝶が青い空ときれいな花の上でダンスを踊っているように見えませんか。
さあかなり歩いて別府湾が見えてきました。天気が素晴らしく日出というのは太陽が眩しい街ですね。残り2キロ位ですかね。
よく車で通る10号線ですが歩道橋で横断します。
やっと海まで出てきました。遊歩道が整備されていて絶好のウォーキングコースですね。海が光って眩しいです。
そうここが1551年9月頃ザビエルが府内に向けて船出した場所です。鹿児島~平戸~山口~京都と巡りましたが失意気味のザビエルにとって府内は最後に目指す希望の地であったでしょう。一方の大友宗麟もザビエルとの出会いで人生が変わったと言っても良いでしょう。
おそらく高崎山を目指して船は進んで行ったのでしょう。「あの山は何というのか?」なんて会話もあったかもしれないですね。
さて海沿いを歩いて最後の日出港を通ります。
最後のチェックポイントですが歴代の木下藩主の由緒ある若宮八幡です。豊後大友氏の初代大友能直も崇拝し社殿を築造し社領を寄進したと伝わります。
日出初代藩主の木下延俊はねねの兄の三男と言われているので木下の姓を名乗り寄進の鳥居には豊富の名があります。大阪で途絶えたはずの豊臣の名はここ日出藩でつながっていたのかもしれません。
案内板を読むと日出藩のすごさが分かります。そういえばお隣の立石の長流寺には国松の位牌があるそうです。大阪城から脱出して日出に匿われていたという噂が残ります。
この古い楼門は三代藩主木下俊長によって建立寄進されたものです。
由緒ある神社に参詣できて良かったです。
暘谷駅前に戻ってきました。駅の前も広々として大型店もあって空が広くて眩しい気持ちがします。
日出の歴史にも触れた一日でしたが実はまだ寄りたいところが有りますのでもう一度近々に日出町には来たいと思います。とてもいい街です。
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