名古屋 生まれ変わる金鯱の城を旅する (30) | まあちゃん旅ブログ ~歴史に旅しよう~

    以前名古屋には仕事でよく来ていましたが最近はほとんど来ることがなくなっていました。この連休に名古屋に来る用事が出来ましたので、工事に入ってしばらくの間見れなくなってしまう名古屋城にこの機会寄ってみることにしました。

     

    名古屋はほとんど土地勘がないので錦町からいざ名古屋城に向かうのも戸惑いながらもなんとか歩いて近づいている感じです。名古屋城の天守閣が木造復元に向けて5月7日より入場できなくなるとのことですので無理しても今登っておこうという考えです。

    東門から入りますが石垣が出迎えてくれますのでいよいよ名古屋城かとテンションが高まります。

    横矢掛になった石垣が美しいですね。

    複雑に折れ曲がる通路で攻め難くするのも城の鉄則ですが家康の頃は大阪城に豊臣という仮想敵国がありましたので、守りも厳重にという事でしょう。

    券売機に行列ができています。

    名古屋城は本丸を中心に南東を二の丸、南西を西の丸、北西に御深井丸が囲みます。天守のある本丸はほぼ正方形ですね。

    ご存知加藤清正公の石曳きです。豊臣家臣の清正公にとっては家康の息子たちの城作りに駆り出されることには忸怩たる思いがあったのではと言われます。それでも必死で築城の指揮を執ったのは誰のためだったのでしょう。初代城主は家康の九男・義直で以後尾張徳川家が代々城主を務めます。

    東南隅櫓(辰巳櫓)です。名古屋城には戦災を免れた三つの隅櫓(西南隅櫓、東南隅櫓、西北隅櫓)が現存しています。

    かなり深くて複雑な横矢の石垣群です。石垣も名古屋城の魅力の一つと聞いていますのでいろいろと見て回ります。

    このあたりの石垣の曲線は熊本城などに似た清正流ではないかなと一人感じ入っていました。

    本丸へ本丸表二之門から登城します。

    東二之門から本丸へ進みます。正面には大きな鏡石が出迎てくれています。

    再建された本丸御殿ですが、かつて城主が生活した場所であり徳川将軍家の宿泊施設となった場所です。太平洋戦争で焼失してしまいましたが、平成になって再建され部分部分で公開されています。

    いよいよ6月8日には完全公開されます。その建築はもちろん室内の障壁画や絵画や収蔵品などは豪華絢爛で素晴らしいと聞いています。次回は本丸御殿を中心に来たいので今回は外観を見ただけで満足です。公開当初は来場者も多く大混雑すると思います。さあ天守に向かいましょう。

    新しくなった本丸御殿と共に役目を終えつつ次の代へ引き継ぎを待つ大天守閣と小天守です。見納めかもしれませんのでしっかりと目に焼き付けます。時代の流れを感じさせる1枚です。

    小天守の方から天守に上がります。

    下から見上げると7階建ての天守のその大きさはかなり迫力がありますね。

    名古屋城のシンボルの金のしゃちほこです。金鯱城と呼ばれる由縁でもありますね。

    大天守と小天守の構造図です。1930(昭和5)年には城郭として初めて国宝に指定されますが天守閣は戦災で焼失。現在の天守閣は昭和になってからの鉄筋コンクリート製の5層7階建てです。

    コンクリート製です。エレベータは混みますので7階まで階段をひたすら昇るしかありません。

    天守閣から名古屋市駅前のビル群が見えています。

    天守7階にはお土産グッズ売リ場もあって混雑に拍車をかけています。

    名古屋城の中でも特別に大きな石で加藤清正が運んだという伝説があり清正石と呼ばれています。

    おや、内濠にシカを2頭発見しました。少し驚きましたがネットで調べてみると以前から飼われているというか住み付いているということで珍しくはないとのことでした。

    こちらは現存隅櫓の西南隅櫓(未申櫓)です。本丸西南隅を守ります。

    天守と小天守とを連結する橋の西面に30センチメートル余りの槍の穂先を並べ忍返しとして使われたもので剣塀と呼ばれています。

    こちらが名古屋城の正門になりますが昭和和34年天守閣と共に再建されたものです。

    現在の二の丸に残る那古野城跡です。もともとこの地に那古野城という織田家の城がありました。あの織田信長もここで生まれたのではないかとずっと言われていましたね。

    広場では大道芸などのイベントに多くの人が集まっていました。城好きだけではなくて家族でも楽しめるイベントがいろいろ開催されていました。

    こちらは子供向けの手裏剣体験コーナです。

    城周辺で飲食や買い物が楽しめる「金シャチ横丁」もオープンして新たな楽しみも生まれていますね。

    ゆっくりとみれる機会にぜひ見に来たいです。木造天守が出来たらまたそれも楽しみですね。

     

    現在のコンクリートの天守が戦後の復興の象徴であったように、また木造天守が次の時代を造る名古屋の起爆剤になるのではないかと期待します。新たな魅力を発信し続けてほしいと願います。 (34)