深川 深川七福神を旅する (34) | まあちゃん旅ブログ ~歴史に旅しよう~

    2017新春を迎えまして今年はなぜか七福神めぐりにはまっています。私こと亀戸に在住していることもあり下町の七福神を回って運気を上げたいと思ってます。

    深川七福神は、森下駅・清澄白河駅・門前仲町駅周辺の3つの神社と4つの寺院にまつられています。(2017/01)

     

    深川七福神のスタートは門前仲町ですので、七福神とは違いますが深川不動尊にお参りします。まだ正月の雰囲気の残る参道を通ってお詣りします。

    深川不動の本堂にお参りします、獅子の彫刻が迫力があって素晴らしいですね。隣には新しい近代的な本堂が建っていました。

    まだ朝が早かったせいか出店も少なく人影も少なめですが、昼になればどっと人が初詣に来ると思います。

    と思ったら境内には団体さんがたくさん詣でしていました。

    ここ富岡八幡宮には恵比寿神が祀られています。

    境内には立派な伊能忠敬の銅像がありました。伊能忠敬は50歳で佐原から江戸に出て今の門前仲町に居を構え測量の旅に出発にしていたようで、旅の安全祈願を富岡八幡宮に祈願していたとのことです。

    江戸時代の勧進相撲の発祥の地としても知られ相撲との関連が深い神社です。

    さて富岡から歩いて約10分、葛西橋通りに面した弁財天を祀る冬木弁天堂に着きました。

    元々は竹生島から移した弁財天を安置していたとのことです。

    近くには仙台堀川が流れています。名前の由来はかつて北岸に仙台藩邸があり米などの運び入れにこの川がよく利用されていたことによるようです。

    次に心行寺ですが福禄寿が祀られています。

    お堂の福禄寿様に拝むために行列ができていました。

    歩いて小名木川を渡りますがこの深川七福神は道順沿いに幟が立っていてお迷うことなく次のお寺や神社に向かうことができ親切ですね。

    途中の江東区深川ふれあいセンターには滝沢馬琴誕生の地の看板がありました。南総里見八犬伝があまりに有名です。

    次は大黒天を祀る円珠院です。

    江戸時代から深川の大黒様として親しまれてきたとのことです。

    途中間宮林蔵の墓を発見しました。

    次は毘沙門天を祀る龍光院です。

    毘沙門天は人に強さと勇気を与えてくれる神と言えます。上杉謙信が毘沙門天を守護神としてあがめたことが有名です。

    歩いていると阿茶局の墓のある雲光院の前を通りましたので寄ってみます。

    徳川家康の側室である阿茶局の墓塔にお参りしました。阿茶局は家康なき後83歳で生涯を終えたということです。

    秀忠の死後に尼となり雲光院と称しここ雲光院に葬むられたとのことです。

    深川江戸資料館ですが、館内に江戸時代の深川が再現されており、町並みや家屋など様々な展示がありますのでゆっくり見ると時間がかかるので今回は残念ながらパスしました。

    深川資料館通りです。時間があれば深川めしを食べてみたかったです。

    有名な清澄庭園を通ります。ここは江戸の豪商・紀伊國屋文左衛門の屋敷跡と伝えられます。

    明治になって岩崎弥太郎が荒廃していたこの地を買い取り社員の慰安や貴賓を招待する

    場所として庭園を造成したことに始まります。

    本当に小さい境内ですが住宅街の角に深川稲荷神社がありました。布袋様をお祀りします。

    小名木川の深川萬年橋を渡ります。安藤広重の江戸名所百景の深川万年橋の錦絵が有名ですね。

    万年橋の上から新小名木川水門が見えます。

    江東区芭蕉記念館の前を通ります。かつて松尾芭蕉が庵を結んだゆかりの地にこの記念館はあります。

    このあたりは相撲部屋が多いところです。寺尾関の錣山部屋や尾車部屋、高田川部屋、北の湖部屋などが集まっています。

    とうとう最後の深川神明宮に着きました。門前仲町から歩き始め森下駅の近くにまで歩き続けてきました。元々深川の地を初めて開いた深川八郎右衛門が創建した「深川発祥の神社」と言われます。徳川家康公がまだ名もないこの地を訪れた際、深川八郎右衛門の姓をとって「深川」とするよう命じたとのことです。

    境内には神明幼稚園もあって広々としています。

    お堂に寿老神を祀ります。

    今回は色紙に御朱印を集めて回りましたが、他に福笹に土鈴を付けてもらうこともできるようです。次に回る際には福笹もやってみたいです。

    やっと7つの神様を回ることができました。今年も運気がかなり向上したと期待します。深川の下町を歩いて新しい発見もあって楽しかったです。今年も良い年になりますように。