真田丸第12回「人質」放送日3/27 | 定めなき浮世にて候へば一日先は知らざる事に候

定めなき浮世にて候へば一日先は知らざる事に候

良い事・悪い事「一つの事象が原因で今日とは全く違う明日を迎える」なんてことを感じてます
「常識(定説・通説)」に対して???と思うことが多い昨今、自らの思いを記することもあります

そんな事を感じながら日常生活の中での思うところを記していきます

まだまだ素直になれないきり

しかし、ぼそっと言った「・・・源次郎さんか行くところ・・・」の一言が今後の展開を予感できます。

冒頭の上田城の様子、どこの櫓から城下を見渡しているのかな?
方向的には東北東。

画面左側が砥石城・その先の真田の郷の方向、
画面右格子の向こうに烏帽子岳(2,066m)が見える方向。

画面中央下には門らしき建物、その先に城下町が延びています。

どういう城郭を描いたのでしょう?
第10回で大まかな城図面は出てきましたが。


室賀正武謀殺後(1584年7月)、再び上杉に対して属する旨の書状を送っています。(ドラマ・史実共)しかし、上杉景勝はすぐには認めませんでした。

上杉に文を送ったと明かす昌幸信幸の冷静な返しが面白く
昌幸の「世の中上手く行かないかぁ(?うまく聞き取れなかったけど)」に
高梨内記のちょっとした表情が良かったです。きりの事で思うところがあったのかな?

ここで人質として源次郎景勝のもとへ参じますが
史実ではさらに先の第一次上田合戦(1585年閏8月)の直前の7月のことです。

の策士ぶりにドン引きのきり。こんなところも面白かったです。

沼田を巡っては、北条と争い、徳川と敵対し始め、上杉には未だに認めてもらえないという状況下というのは本当に真田家にとっては生きた心地のしない状況だったでしょう。

ドラマではその辺りはサラッと描かれていました。

真田丸景勝は実に優しくていい人です。そして、直江兼続も。

昌幸との対比、そして徳川との対比。
表裏ある二者の対局にあるを重んじる上杉。こんな明確な対比も解りやすい。

中世の風俗、鉄火起請を再現し、それを使って源次郎の策士ぶりを描き、その姿を見て景勝の心を掴む。帰城の際に景勝の一言「お主のような子が欲しかった・・・」良いシーンでした。

実際には、源次郎の言動があそこまで景勝に影響したとは思えませんが、景勝・兼続からの教えは、源次郎にとってとても共感するところであり、学ぶ事が多かったと思います。上杉での厚遇があのようなかたちで表現されたのかなぁ、とみました。

昌幸家康手切れを宣告、これに対し家康鳥居元忠真田討伐の命を出し小県へ進軍しました。

いよいよ、第一次上田合戦、開戦です。楽しみです。

感想でした。