真田街道 上田~沼田 3/13 | 定めなき浮世にて候へば一日先は知らざる事に候

定めなき浮世にて候へば一日先は知らざる事に候

良い事・悪い事「一つの事象が原因で今日とは全く違う明日を迎える」なんてことを感じてます
「常識(定説・通説)」に対して???と思うことが多い昨今、自らの思いを記することもあります

そんな事を感じながら日常生活の中での思うところを記していきます

大河ドラマ真田丸で「沼田領問題が大問題へと発展していく」という話が展開され始めるということで

通称真田街道に沿って真田家の重要拠点である沼田まで行ってきました。

これまでにも沼田へは何回も行っていました。JR上越線のSL撮影の為に。

真田街道とは
真田家が自力で所領した地、上田(小県)から吾妻郡・沼田、更にその先の片品まで、現在の国道144・145・120号線をそう呼んで真田の歴史やゆかりの地を知ってもらおうと選定された観光ルートです。

上田城下町にある我が家を出発し上田市真田町を通り鳥居峠を越えて上州へ。

嬬恋村・長野原町と進んできたところで
道の駅八ッ場ダふるさと館で休憩。ここまで1時間ちょっと。

八ッ場ダムのダム湖となるところに掛かる橋上から



橋上からダム湖に沈む谷底を覗いてみました。
左上に新国道145号線、左下へ旧JR吾妻線、その右側が旧国道145号線、吾妻川、対岸中腹に移設された新JR吾妻線が見れました。

道の駅八ッ場ふるさと館には足湯があります。

景色が良い。まだまだ山には残雪が。




寒い日だったので温まりました(*^^*)

続いて真田家の吾妻の拠点、岩櫃城跡へ。初めて行きました。
ここも大河効果で人出がありました。

岩櫃城は中世の山城で岩櫃山の中腹に築かれました。甲斐武田家配下時から郡代として真田家が治めました。







前日までの雨?天候の影響や冬季は元々足元が悪いため3月下旬まで登山を自粛を促す案内があったので登山口で踏みとどまりました。

また良い季節になったら訪れたいと思います。

そして、沼田城祉の沼田公園へ。


沼田城は河岸段丘上に築かれた元々、中世の丘城。こちらも甲斐武田家配下時から真田家が治めました。のちに、真田信幸(昌幸の長男)が城郭整備をし近世城郭となりました。
上田城と同様に金箔瓦が出土しています。豊臣期に築かれたことがわかります。



残念ながら城郭の遺構はわずかに残っているだけです。





真田家が信幸から5代91年にわたって城主となりましたが真田信利の時(1681年)、横暴な藩政・幕府の命に対する遅延で改易され、翌年に完全に破却されてしまいました。

5重の天守や3重の櫓など立派な城郭でした。







先日、真田信之(信幸)と妻の小松姫像にスプレー塗料が吹きかけられた事件がありました。
その後、きれいにふき取られて、ブルーシートで覆っている場に居合わせました。


職員の方と話す機会があり、兜を被ったバジルを見て、上田城で見かけたことがあると。
「同じ模様だったのでそうかな」と、声を掛けられ、「上田から来ました」と、伝えました。



20日から31日まで開催される上州沼田真田丸展に合わせて除幕式が行われるそうです。