過去の努力で今がある
世間でインテリなんて表現される方達がいる。
彼らは高学歴で、いずれも世界で一流と言われる企業で働いている。
収入も多いし連休も長かったりするし、会社の福利厚生も非常に充実している。
だからサラリーマンとしては、多くの人がうらやむような生活を送っている。
そういった方達に学生時代の話を伺ってみると共通する話がある。
それは、学生時代相当な苦労を重ねてこられたということ。
例えば、子ども時代にほとんどテレビなんか見せてもらえなかったとか、夏休みは夏期講習と自宅学習で忙しくて遊んだ記憶なんかあまりとか、そんな話が普通に聞かれる。
自分の子ども時代と比べてどうだろうか。
やはりどの分野でも成功されてきた方達は、必ず何かを犠牲にしてきた物や時期があるという。
そういう意味では、子ども時代を将来の自分に投資されてきた人たちは、その成果として他人がうらやむような高待遇の企業で働いているということになる。
一言で言えば、まさに努力の結果。
だから他人の現在だけを見てうらやましいなんて言うのは、本当はかなり失礼なことなんだと思う。
自分はどれだけの努力をしてきたのかは、現在得られているものが答えとなる。
それは、過去にそれくらいの取り組みしかしてこなかったというでもある。