必死で考えてみよう
日経新聞最終面「私の履歴書」に、今月は野村克也氏の事が書かれている。
南海に入団しても解雇を通告された事もあり、頼み込んで何とか残留させてもらった事もあるそうです。そして、肩が弱かったので「その肩で捕手は無理。一塁に変われ」と言われ、渋々コンバートした事もあったそうです。
しかし、キャッチャーが一軍への近道と考えていた野村氏は、どうやったらライバルに勝てるか考えた時に、こう考えたそうです。「昼間の練習メニューは皆同じなので差はつかない。練習後にも、合宿に戻ってから2~3時間は個人練習をしよう」と心に誓ったそうです。
当時の練習法は、筋トレやプールなどはご法度と言われていたそうですが、あえて鉄アレイや懸垂にも挑戦し一人黙々とトレーニングに励んだそうです。効果はなかなか出なかったが、3ヶ月過ぎたあたりから遠投の距離が少しずつ伸びるようになったそうです。
その間は、腐らず2軍でしっかり一塁のレギュラーを取り、最後は3割以上の打率も残していたそうです。
そして、シーズン終了後2軍監督に「捕手に戻してくれ」と願い出て、「じゃあやってみい」と言われて捕手に入り、二塁に矢のようなボールを一直線で投げると「お前、どうした」と驚かれ念願の捕手への復帰を果たせたのだそうです。
野村氏は再生工場とも言われていたが、これを読むと理由が良くわかる。
若い頃は貧乏で相当大変だったようで、野球をやる為に家族の協力もあってやっとプロになったそうです。
なので、簡単にはやめる事ができないという必死な思いがあったのではないかと思う。
筋トレやプールなどの練習がご法度というのは、今ではとても考えられない事だが、そういう必死な思いがあったからこそどんなトレーニングで挑戦してみようと思われたのではないか思う。
一般的には、やる前に考えて常識的でない事はやらない事が多い。でも、そういった考えでは何一つ人並み以上に成し遂げられない。恐らく失敗した時に、非難されるのが恐いからではないかと思う。
野村氏は、そんな恐怖との戦いに勝ったからこそ一流選手になれたのだと思う。