スタイルの確立 | 事実追求 真実探求

事実追求 真実探求

ちょっと立ち止まって、考えてみよう

●出光美術館(近代日本の巨匠たち)
●横浜美術館(源氏物語の1000年)
●永井画廊(千住博展)
●日本橋高島屋(絹谷幸二展)
に行って来た。



それぞれのことを書いてもいいのだが、
共通のこともある。



1つには画家の初期の作品が見られたことだ。
まだスタイルが確立される前だったり、
甘いと思われるところもある。
でも、スタイルが確立されていく過程の作品として、
価値がある。



今回はその初期の作品について、
以下の5人について書く。




(1)下村観山
「闍維」(横浜美術館・平常展)

作品の詳細は以下にある。
http://www.jiu.ac.jp/yma/2008/collection02/1.html
観山が25歳の作品のようだ。



額装されており、それこそ息でアクリルが曇るほどの
距離で見られるのが嬉しい。
よく見ると線が定まっていないように見える。



同じく観山の作品で、
この作品の隣にある「弱法師」、
源氏物語展にある「女三之宮」と
比較すると、線がやや甘いように思える。



でも、やはり観山なのだ。
その雰囲気が出ているのだ。
というのも、かなりこの部屋(確か展示室1)は広いのだが、
もっとも離れたところから見ても、
観山と分かったのだ。



当然、作品紹介など見る前だったし、
あらかじめ知っていたわけではない。
どうも観山の作品のように見える、似てると
思いながら、近づいて見ると、
本当に観山の作品だったのだ。



驚いたのと同時に、自慢ではないが、
なかなかオレもやるな、と思ったのだ。



さて、この作品、線が甘いとは言っても、
さすがに観山である。太い線、細い線
(強い線、繊細な線)の
使い分けが見事だ。必見。




(2)上村松園
「春夏秋冬 四幅対」(出光美術館)
記憶していないが、松園20代の作品。
美人画の松園はもう現れている。



でも、特にその隣にあるこの展覧会の
看板作品「灯」に比べてしまう。
すると観山の作品同様、
線が甘い、線が雑に見えてしまう。



でも、「灯」のようになる過程のひとつだと思うと、
失礼な言い方になるかもしれないが、
人間の精神的、技術的成長・充実が見られ
嬉しくなる。





(3)安田靫彦
「松風」(横浜美術館・平常展)
これも始めてみるタイプの貴重な作品だと思う。
これも詳しくは記憶していないが、
靫彦20代の作品だ。



オレのイメージで靫彦といえば、
・卑弥呼
・飛鳥の春の額田王
・黄瀬川陣
など、独特の雰囲気を持った作品が思い浮かぶ。



内容、そのスタイルはオレの貧弱な言葉では
表現できないので、検索などして調べて欲しい。
なんとなく、そのスタイルが分かるはずだ、



しかし、この「松風」は、
日本画の限界に挑戦するような、
写実的な作品になっている。



本物そっくりという点では、
靫彦スタイルの作品より、
上手く見える。



でも、どちらが好きかと聞かれれば、
やはり靫彦スタイルの作品だ。
靫彦スタイルを模索中の作品だと思う。





(4)絹谷幸二
「蒼の間隙」「諧音の詐術」(日本橋タカシマヤ)
1966年の作品。



絹谷さんといえば、イタリアを描いた作品が好きだ。
出る杭は打たれるが、出すぎた杭は打たれない、
と言われるように、ものすごい強烈な
パワーのある作品が思う浮かぶ。



でも、嫌悪感は感じない。
むしろ、爽快感を感じ、思わず微笑んでしまう。
大きければ大きいほど、その爽快感を感じる。



さて、「蒼の間隙」、「諧音の詐術」。
洋画でわりとよく見るタイプの抽象画に近い作品。



でも、なんとなくだが、
その後の絹谷さんの強烈な作品が重なるのだ。
「あぁ、わかる、わかる」なのだ。





(5)千住博
ビルシリーズ、人物を描いた作品(永井画廊)



千住さんの作品は、
ウォーターフォール、タイドウォーター、
フォーリングカラーなど、最近の作品は
比較的シンプルな作品が多い。
色数も多くない。
極端な重ね塗りもそれほどない。



しかし、初期の作品は、後の作品に比べると、
執念深いほど、重ね塗りをしている。
ある意味うるさい、しつこい。



藝大では卒業作品のひとつとして、
自画像が課されるらしい。
千住さんの作品もあり、
確か自身で評されていて、
筆数が多すぎ、塗りすぎのようなことを
言われていたように思う。



オレが見ても、その後の作品を知っているだけに、
くどい、塗りすぎと思ってしまう。



でも、本当の勝負はこの塗りすぎ、
筆数多すぎから始まる。



ここから、モチーフと出会い、
千住さんも似たようなことを言われているが、
すいていくことでも現れるのが、個性なのだ。



現在活躍中の画家さんだけに、
これからどう展開されるのか、楽しみだ。





偉大なことをされた画家さん、
また現在活躍中の画家さんに対して、
オレのようなただの凡人が、
失礼なことを書いたかもしれない。



でも、こうして変化・成長が
誰の目にも分かる明確な形で残ることは
うらやましいことなのかもしれない。



同じ画家でも、ゴッホのように、
存命中は全くと言っていいほど、
知られていない人も多い。


一般の人も考えると、
オレのような凡人では、
間違いなく何も残らないし、残せない。



ところで、
●出光美術館(近代日本の巨匠たち)
●横浜美術館(源氏物語の1000年)
●永井画廊(千住博展)
●日本橋高島屋(絹谷幸二展)
で得たもの、発見したものは
まだある。
それらは今後に。