司馬遼太郎「関ヶ原」-2 | 事実追求 真実探求

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ちょっと立ち止まって、考えてみよう

まもなく、上巻が終わる。



これは面白い。
司馬の幕末もの(長編)とは、
別の面白さがある。



幕末ものは、主人公が放つ、
決めの一言で気分が高揚したり、
しびれたりする。
ここにオレは魅力を感じる。



しかし、戦国時代ものはそれがない。
それどころが登場人物が
生きているように思えなかったのだ。



ちなみに、戦国時代もので
読んだものは、以下の5冊。
・国盗り物語
・新史 太閤記
・功名が辻
・播磨灘物語
・覇王の家



司馬の小説の書き方は、
いろいろと聞いているが、
ここでは一切無視する。



「関ヶ原」は他の戦国時代ものとは違う気がする。
もちろん、小説なので、
フィクションの部分がたくさんあろう。



それを差し引いたとしても、
「さすが家康」と思わせる部分が
満載なのである。
それが憎たらしいのだ。



小説中の言葉を引用すると、
まさに「智謀戦」のおそろしさ、
面白さなのだ。
その智謀戦で家康は、
三成の数段上をいっている。



三成も正則や清正などに比べて、
はるかに人物的には清廉で、
優れているように思える。
でも、家康に比べると、
幼く、子供に見えてしまう。



この家康のふところの深さというか、
ずるがしこさ、抜け目のなさに
感心してしまうのだ。



これでなければ、天下は取れないと思うし、
家康には誰も勝てないだろうと思う。
今後、家康がどう考え、策略をめぐらし、
三成を倒すのか、楽しみだ。



でも、三成と家康、
(この小説中のキャラクターとして)
どちらが好きかと聞かれれば、
三成になる。



三成のまっすぐな、まともな考え方の方が、
気持ちがいい。