よく考えると、もっとレベルを
落としても良かった。
日本人として、
醜い振る舞い、
恥ずかしい振る舞いをしない人、
これが「美しい人」である。
そして美しい国とは、
そのような醜い・恥ずかしい振る舞いを
する人がいない、ことはありえないが、
極力少ない国だ。
一例を挙げる。
先日、出張で京都に行った。
新幹線で行ったのだが、
恥ずかしい振る舞いに出会う。
降りるときに、
座席のリクライニングを元に戻さない、
座席の前の網棚にペットボトル・缶をいれたまま。
いつもはそうではなく、たまたま忘れたのなら
まだ許せる。
が、どう見ても気にしていない。
座席なんて元に戻そうとしない、
ペットボトル・缶なんて、
持って出る気は、
最初からないようである。
座席を元に戻すこと、車内清掃を、
仕事にしている人もいるので、
実際は気にしなくてもよい。
でも日本では、
「立つ鳥跡を濁さず」、
「恥の文化」という言葉がある。
だから、さきほど書いたような行為は
日本人ならば、恥ずかしいと思う
(思った)はずである。
だが、「立つ鳥跡を濁さず」とか、
「恥の文化」は事実上、
死語になっている。
これは一例だが、
こういう小さいことが、積もり積もって、
国・社会を乱し、すさんでいく。
そしてやがては、国を滅ぼしていくことに
つながっていくのだと思う。