観山、春草がなぜストライクゾーンなのか、
どこがいいのかは考えなくてはならない。
今のところ、ダントツだ。
「はずれ」がない。
同時期に切磋琢磨した大観は作品によって、
好き嫌いが激しく変わる。
武山はものを言えるほど見ていない。
大観、観山、春草、武山は、
「近現代の祖」、「時代のリーダ」的
ポジションにあたると思う。
狩野派など、それまでのいわゆる日本画の要素や、
明治期の開国で入ってきた洋画の要素を、
取り入れているはずだ。
そしてそれ以降の画家たちも、
何らかの影響を受けているはずである。
そんなことを無意識にも、
オレが感じ取っていれば、
凄い感性だと思うのだが、
そんなことはないだろう。
オレの生まれ育って今まで来た環境などと、
どこか関連する部分、シンクロする部分が
あるのだろうけど、分からない。
いや、オレだけでなく、
多くの人に共通する部分があるからこそ、
いいものとされているのか。
それとも、専門家がいいといっているから、
ほとんど何も考えず、
自動的にいいと思っている、
思わされているのか?
たまには作品紹介のない展示会、
落款を隠して作品を見たいものだ。
それはそうと、絵に限らず、
なんでもそうだが、
「考えさせてくれるもの」は
いいものだと思うし、
そういうもの(あるいは人)に
たくさん巡りあいたい。