1468.08.23. 応仁二年八月廿三日
奈良県奈良市雑司町 東大寺塔頭 知足院
花崗岩製
塔高;151センチ
塔は、複弁反花座、地輪、水輪、火輪、風・空輪の5石で組む。
複弁反花座を付けるのは、大和地方の地方色である。
地輪は、4面とも、線刻仰蓮座上に2重光背型龕を彫り込み、中に仏坐像を半肉彫りする。像容、龕ともに丁寧な彫刻である。4仏は、薬師如来坐像、地蔵菩薩坐像、阿弥陀如来坐像、釈迦如来を配す。本来は、この順で東南西北の方位だったと思われるが、現在、地蔵菩薩を西面に置いている。
水輪は、最大径を上部に取って下部がすぼまっている。最大径は、地輪幅と同じで、水輪地輪の時代は、合っていると思われる。最大径の位置に、月輪中、端正な書体で梵字「バン」を刷毛書薬研彫りする。梵字は、正面だけで、他3面は無地のままにする。
火輪は、幅が地輪、火輪より大きすぎ、また、室町時代よりも古いもので、別塔の部品と考えられる。空風輪も小さすぎ、別塔のものを乗せている。
この塔の特徴は、地輪にある。地輪4面に仏坐像を彫刻し、その内3面に梵文を刻字する。
(地輪西面)
「オン バ ラ ラ(バ ラの繰返し) サン パラ(バ ラの2字を別字1字に変える)」
「ラ(サン パラの繰返し) イ ジリ ヤ ビ シュ」
(半肉彫り地蔵菩薩坐像)
「ダ 二 ウーン ウーン ロ ロ」
「シャ レイ ソワー カー」
*4行の梵文は大随求小呪。
(地輪北面)
「逆修法印光宣」
「文明元年己丑」
(半肉彫阿弥陀如来坐像)
「十一月廿日」
「應仁二年八月廿三日」
(地輪東面)
「オン ア ボ ギャ ベイ ロ」
「シャ ナウ マ カー ボ ダラ」
(半肉彫釈迦如来坐像)
「マ 二 ハン ドマ ジンバ ラ」
「ハラ バ リタ ヤ ウーン」
*4行の梵文は光明真言
『大和の石佛鑑賞』図版<3>は、
2行目5字目は誤読。
4行目5字・6字「ソワ カー」の2字とするが「ウーン」1字の誤読。
(地輪南面)
「ア ビ ラ ウーン ケン」 *大日報身真言(胎蔵界大日真言)
(半肉彫薬師如来坐像)
「バ ザラ ダ ド(ト) バン」 *金剛界大日真言
阿弥陀如来の北面の刻字から、法印光宣の逆修塔として応仁二年八月廿三日に造立、翌年の文明元年十一月廿日に光宣が亡くなったので、没年時銘を小文字で追刻して墓塔としたものである。なお、筒井光宣法印(興福寺成身院)は、筒井順慶の先祖である。
現在、拝観はできなくなっている。
1970年代 撮影
参考文献;『日本石造美術辞典』(川勝政太郎著 東京堂出版 S.53.08.10)
『大和の石佛観賞』(太田古朴著 綜芸舎 S.41.11.20.)




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