室町時代初期
長崎県南島原市南有馬町古園町巳297-1 石田克己邸裏
凝灰岩製
石塔群は、宝篋印塔笠が20基分、相輪23個、五輪塔のものと思われる石塔笠火輪3個、風空輪6個を数える。これらは、昭和45年、ミカン畑開墾中に、現在地の直ぐ下の土中から掘り出されたもので、キリスト教信者の他宗教弾圧により、破壊され、埋められたものと思われる。
各部ばらばらになっていたものを組み合わせて1区画に並べられている。全て、1メートルに満たない小塔である。
石塔群中、正面中央の塔。石材と各部の大きさは揃っていて、組合せに違和感はない。元から1具のものであった可能性も考えられるが、明確には確認できないのが惜しまれる。
塔高;90.0センチ
基礎側面幅;29.5 基礎上面幅;18.5 基礎高;18.0
塔身幅;15.5 塔身高;14.0
笠軒幅;27.0 笠軒部最大幅;28.5 軒厚;5.0
笠下部幅;19.0 笠上部幅;15.0 笠高;18.5
露盤幅;11.5 露盤中央最大幅;12.0 露盤高;4.3
相輪高;39.5
完形のものが確認できないため時代の判定は難しいが、室町時代初期と思われる物が数基残っており、その他に室町時代後期から末期と思われるものが見られる。
ただ、惜しまれるのは、他塔より若干大きく、最も古いと思われる宝篋印塔基礎が1個あり、その基礎に見合った大きさの笠が見当たらない事である。或いは、この基礎の笠や相輪が有って確認できれば、南北朝時代末期頃まで遡る可能性があるのではないかと思われる。
2011.07.26調査、写真
調査協力者;A.I.
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