にほんブログ村 歴史ブログへ
にほんブログ村
室町時代前期





長崎県南島原市南有馬町古園町巳297-1 石田克己邸裏





凝灰岩製





 





 石塔群は、隣接畑地に埋没していたのを掘り出し、整地された1区画に集められている。その奥側に、部材を組み合わせて復元された宝篋印塔群が1列に並べられている。その向かって左側から5番目の宝篋印塔相輪である。基礎は、上3段作り出し、幅が小さすぎるので別物とわかる。塔身と笠は、大きさは合っているが、元の組み合わせか不明。相輪だけを測量した。





枘上部径;8.0 枘下部径;7.0





枘高;8.5





相輪高;36.0





露盤幅;11.0





露盤高;3.5





 





 下部の枘は断面丸で太く長く作り出す。





 露盤、請花部、天蓋盤、反花部、請花部は、断面四角。





 5輪、宝珠は、少し角張った丸に加工している。





 露盤は、低い。請花部は、隅飾単弁3重に間弁の2重を加える。間弁の上から被せた2重目は、猪の目に作る。輪は、5輪、各輪の間隔をあけ、彫り出しは明瞭である。その上、天蓋盤を挟んで、反花部、請花部を作る。隅飾は、反花部、請花部共に同形の縦区分2弧で、請花部を少し縦に長くする。間弁は、反花部が低い先丸単弁、請花部が蓮弁形の単弁2重と形を変えている。





 宝珠は、重心を下にして先を尖らせる。





 隣に並んでいる6の相輪と基本形は同じだが、露盤が低く、請花部隅飾3重、間弁の猪の目、上部請花部も反花部と同じ形にし、宝珠の背が低くなるなどの変化が見られる。これらのことから、横に並ぶ室町時代初期造立と考えられる宝篋印塔6より少し降った時期、それでもあまり隔たりの無い室町時代前期のものではないかと思われる。





 





2011.07.26.調査





 





調査協力者;A.I.

古園石塔群5宝篋印塔相輪20110726 (4)

古園石塔群5宝篋印塔相輪20110726 (6)

古園石塔群5宝篋印塔相輪20110726 (7)

古園宝篋印塔5相輪実測図南島原市20110726
古園石塔群5宝篋印塔相輪20110726 (2)

古園石塔群5宝篋印塔相輪20110726 (1)



-----
EXTENDED BODY PRIVATE: