鎌倉時代後期初
熊本県球磨郡あさぎり町深田東 荒茂 勝福寺
凝灰岩製
勝福寺墓地石塔群中、中心になっている層塔残欠群(3基あった鎌倉時代中期の層塔は流失して、基礎と軸部1個だけが残っている。)の近くに位置している。
五輪塔群中最大の大きさである。銘は見られない。
塔高;214.5センチ
地輪幅;79.0 地輪高;50.0
水輪径;72.0 水輪下部径;50.5 水輪上部径;53.5 水輪高;49.0
火輪軒幅;86.5 火輪上部幅;36.0 火輪高;53.5
風輪径;46.0 風輪下部径;35.5 風輪高;20.0
空輪径;49.5 空輪下部径;34.0 空輪高;42.0
地輪、水輪、火輪の形とその組み合わせは、同墓地内の弘安四年銘塔に良く似ていて、しかも非常に丁寧に作られている。恐らく、造立前に既に有った弘安四年銘塔を手本に作られたものと思われる。
地輪の比高は、弘安四年銘塔より低くしているので、塔の安定感が増している。
水輪は、地輪より径を小さくする。これも球形に近くして、力強い側線で、上下の切断径を大きくして比高を抑え、地輪、火輪につないでいる。水輪だけに梵字「バ」を薬研彫りして四方に配している。梵字は大きく雄大だが、癖のある文字になっている。水輪内部は上面から大きく彫り込まれている。
火輪の軒幅を地輪より大きく取って、軒口を薄くする。軒反りは、中央部をやや平行ぎみにして、両端に向かって反りあがるのびのびとした力強い曲線である。十分な軒幅を取り、屋根を少し低くして、バランスの良い高さに抑え、棟の幅も適度に大きくして、風輪を受ける。降り棟の矢弛みの曲線も力強い。また、軒下部に、弘安四年銘塔に似て、それより少し曲面を強くした膨らみを持たせている。
風輪の側線は少し硬さを感じる直線的な曲線で上に開き、上面を少し盛り上げ、狭い幅のくびれを作って、空輪に繋ぐ。空輪はかなり大きめで、少々バランスを悪くしている。頂部を尖らせ、上部から側線まで力強く形の良い曲線で、下膨らみにして風輪に繋ぐ。
塔形は、弘安四年銘塔に似ているが、各部の比高を抑えて安定感があり、五輪石塔としての完成度は増している。弘安四年銘塔に似て、各部の造作にも力強さが感じられる。また、同所にある地方色の強い層塔笠や五輪塔群等と異なり、あまり地方色が感じられない。これらのことから、この五輪塔群中、弘安四年銘塔に次ぐもので、その造立の時代は、鎌倉時代後期の初めころではないかと考えられる。
1986.08.11調査
1973.03.13.調、撮影
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EXTENDED BODY PRIVATE:




