1531.08.吉日 享禄四天辛卯八月吉日
熊本県玉名郡南関町大字細永 山添岩薬師
凝灰岩製
道路脇に石垣を積んだ1画があり、石段を登ると、凝灰岩の岩壁にお堂が造りつけられ、その中に磨崖仏と石仏が祀られている。
本尊の薬師如来坐像の両側に、少し小さくした舟形光背型龕の上部が残されており、もとは三尊形式の配置であった事が解る。また、本尊と右脇侍との龕と龕の間には天部か菩薩立像と思われる墨書の腕部分が残っていて、肉眼でも確認出来る。現在は、その両脇侍の舟形光背型龕の下部を切って堂の壁まで横長の龕が深く彫り込まれ、室町時代後期になって造られた半肉彫の石仏が並べられている。石仏は、薬師如来の脇侍の日光菩薩立像、月光菩薩立像の2組の4体4石と1石に3体ずつで4石に彫られた十二神将立像である。
薬師如来の脇侍の日光菩薩立像、月光菩薩立像は、2組が並べられている。その内、本尊に近い1組が古い。
日光菩薩立像石仏
石高;68.0
石下部幅;27.0
像高;43.0
月光菩薩立像石仏
石高;62.5
石下部幅;32.0
像高;44.0
右脇侍の日光菩薩像の右側に
「左□□」
左脇侍の月光菩薩造立像の右側に
「享禄四天辛卯八月吉日/本願主壽椿」
の銘がある。
2体の像は、ともに半肉彫り。小さな3弁反花と敷き茄子を付け、大きな5弁の蓮台上に、それぞれ、両手で日、月を乗せた蓮華の茎を持って膝と腰をまげて、斜め前を向いている。碑面一杯の大きな頭光を付け、高い髻を結い、宝冠を付け天衣を翻している。石材や大きさ、全体の彫刻、像容も左右対称にほぼ同じ姿に作られ、もとからの2体一具のものである事が解る。ただ、蓮台の蓮弁の意匠だけは少し変化を持たせている。現在は本尊に対して外向きになっているが、もとは左右逆の内向きに配置されていたのではないかと思われる。
また、同所の十二神将石仏とは石材、彫刻とも似通っており、同時の造立と考えられる。




日光菩薩立像石仏


月光菩薩立像石仏




造立紀年銘(月光菩薩立像石仏)

2010.01.02.撮影
1973頃 モノクロ、拓影
参考文献;『在明地方石文集』(多田隈豊秋編著 有明地歴研究会刊 昭和43年)
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