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室町時代後期~末期


宮崎県西都市都於郡大字鹿野田字向原 大安寺


砂岩製





塔高;150.0センチ





 基礎は、比高を低く作る。側面上辺から上部の造出しまでの角を落とし、斜面でつなぐ。その上の造出しは、2段にし、塔身を受ける。上部に造り出しを付けた斜面は、直線平面にして抑揚が無く、蓮弁彫刻はないものの、請花座を意識しているものと思われる。


 塔身は、立方体を曲面で隅切する。球形の上下、4方を丸い平面に切り落とした形をしている。首部は無い。


 笠は、軒下を低平に切り、上辺幅を大きく取っている。軒厚は、程よい薄さの真反で、両端で反り上げている。上辺に、薄い露盤を造り出す。


 相輪は、露盤、請花、1輪と2輪の下辺の1部を残し、上部は欠失している。露盤の背は高さ、上辺と左右を1段低く加工して輪郭を作る。側面は、素面にする。請花は、鉢型、側面に単弁に間弁を付けて薄肉彫する。その上は、1輪を残して欠失する。


 基礎側面、塔身、笠屋根、露盤には、4方に五輪塔五大種子の内「キャ」除く


「ア」「バ」「ラ」「カ」


の四転種子がある。梵字の書体は、時代の降下を示して力の弱い書体である。


 刻字は見られず、推定するしかないが、同所の永禄十二秊銘塔、角宝塔との比較で、基礎の形、梵字の書体、笠、特に軒反の形、相輪請花の彫刻などから、角宝塔よりも古く、室町時代後期~末期にかけた時期に造立されたものと思われる。





1976.08.16.写真





この項未稿










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