




1521.11.24 干時永正十八年辛巳十一月二十四日
宮崎県西都市大字南方字杉安 長福寺跡
凝灰岩製
塔高;236.0センチ
地覆径;92.0 地覆正面幅;54.0 地覆高;8.5
基礎上部径;56.5 基礎上部正面幅;22.5 基礎高;13.0
竿幅;39.0 竿正面幅;33.0 竿高;132.5
中台欠失
龕部径;50.5 龕部正面幅;25.0 龕部高;38.0
露盤径;39.0 露盤正面幅;21.5 露盤高;17.0
覆鉢径;28.0 覆鉢高;13.0
宝珠径;15.5 宝珠高14.0
地覆と基礎は六角。地覆下部は土中に埋まっているため、高さは土波際高。
竿は四角で、角を幅3.0センチで面取りし、面取り部の上辺は角を落として、蓮弁様の飾りを彫り付けている。各面四方に、五輪塔五大の四転種子を刷毛書きで薬研彫りし、その下部に蓮肉付きの線刻蓮台を置く。その内正面と背面の2面に銘がある。
中台は失われている。
龕部は六角。各面蓮台または台座上に身光と頭光の二重光背型龕を深く彫り込み、印相、持物を変えた地蔵菩薩立像を厚肉彫する。各像高は23.5センチ前後。台座は長方形で側面に雲形窓風の格狭間を彫り、中に連子の彫り込みがある。
台座及び印相、持物は
「台座上、右手数珠、左手笏」
「蓮台上、幡」
「蓮台上、右手撥、左手団扇太鼓」
「台座上、鈸子(ハツシ)」
「蓮台上、右手錫杖、左手宝珠」
「蓮台上、合掌」
笠は欠失。
露盤は六角。素面で各面に梵字1字がある。
覆鉢と宝珠はセメントで接着してあり、宝珠はあるいは後補かもしれない。
銘は竿の正面と背面にある。
(正面銘)(発心門種字の左側に2行)
「(13字分空白)佛(6字分空白)也昔於忉利天上受釋尊附属」
「今者於無佛世界代(20字分空白)永鎮搉慈悲□」
(背面銘)(菩提門種字の両側に各1行)
「干時永正十八年辛巳十一月二十四日」
「本願主権大僧都聖尊一結諸衆各々敬白」
正面銘の空白部分は刻字の痕跡は認められない。現在、墨も確認できないが、彫らずに書いただけで留めたのではないかと思われる。
露盤の梵字六字は、阿弥陀の六字名号「南無阿弥陀仏」を梵字で表したもの。
宮崎県西都市大字南方字杉安 長福寺跡
凝灰岩製
塔高;236.0センチ
地覆径;92.0 地覆正面幅;54.0 地覆高;8.5
基礎上部径;56.5 基礎上部正面幅;22.5 基礎高;13.0
竿幅;39.0 竿正面幅;33.0 竿高;132.5
中台欠失
龕部径;50.5 龕部正面幅;25.0 龕部高;38.0
露盤径;39.0 露盤正面幅;21.5 露盤高;17.0
覆鉢径;28.0 覆鉢高;13.0
宝珠径;15.5 宝珠高14.0
地覆と基礎は六角。地覆下部は土中に埋まっているため、高さは土波際高。
竿は四角で、角を幅3.0センチで面取りし、面取り部の上辺は角を落として、蓮弁様の飾りを彫り付けている。各面四方に、五輪塔五大の四転種子を刷毛書きで薬研彫りし、その下部に蓮肉付きの線刻蓮台を置く。その内正面と背面の2面に銘がある。
中台は失われている。
龕部は六角。各面蓮台または台座上に身光と頭光の二重光背型龕を深く彫り込み、印相、持物を変えた地蔵菩薩立像を厚肉彫する。各像高は23.5センチ前後。台座は長方形で側面に雲形窓風の格狭間を彫り、中に連子の彫り込みがある。
台座及び印相、持物は
「台座上、右手数珠、左手笏」
「蓮台上、幡」
「蓮台上、右手撥、左手団扇太鼓」
「台座上、鈸子(ハツシ)」
「蓮台上、右手錫杖、左手宝珠」
「蓮台上、合掌」
笠は欠失。
露盤は六角。素面で各面に梵字1字がある。
覆鉢と宝珠はセメントで接着してあり、宝珠はあるいは後補かもしれない。
銘は竿の正面と背面にある。
(正面銘)(発心門種字の左側に2行)
「(13字分空白)佛(6字分空白)也昔於忉利天上受釋尊附属」
「今者於無佛世界代(20字分空白)永鎮搉慈悲□」
(背面銘)(菩提門種字の両側に各1行)
「干時永正十八年辛巳十一月二十四日」
「本願主権大僧都聖尊一結諸衆各々敬白」
正面銘の空白部分は刻字の痕跡は認められない。現在、墨も確認できないが、彫らずに書いただけで留めたのではないかと思われる。
露盤の梵字六字は、阿弥陀の六字名号「南無阿弥陀仏」を梵字で表したもの。
1976.08調査
参考文献;『日向の金石文』
この項未稿
-----
EXTENDED BODY PRIVATE:
