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1557.09.26  干時弘治三年丁己九月廿六日


宮崎県延岡市本小路町 内藤記念館前 旧、舞野より移設


凝灰岩製





塔高;285.0センチ


基礎幅;84.5 基礎側面高;10.0 


基礎上造り出し蓮台下部径;80.5 蓮台高;7.5


基礎高;17.5


竿径;45.0 竿正面幅;23.0 竿高;112.0


中台径;73.5 中台下部径;46.0 中台上部径;71.5 中台高;28.0


龕部径;43.0 龕部正面幅;21.5 龕部高;34.0


笠軒上部径;108.0 笠軒下部径;107.0 笠高;33.0


笠軒裏彫り込み径;91.0 笠軒裏彫り込み深さ;7.0


露盤幅;31.5 露盤高;24.5


請花径;28.0 請花下部径;26.5 請花高;14.0


宝珠径;約29.5 宝珠下部径;23.5 宝珠高;36.0





 基礎側面四角。上に大きな単弁8葉、間弁付の丸い蓮座を低く造り出し、竿を載せる。


 竿は六角柱。前面の3面と背面に銘を彫る。


 中台は円形。側面一杯に、蓮脈を付けた単弁12葉と間弁付を大きく彫り出し、請花座とし、側面上端1センチに線刻を加え、蓮肉を表現する。上部には、外周の間弁葉先から中央へ12本の直線を線刻する。 龕部の位置決めのためのものと思われる。


 龕部は六角。素面に、舟形光背型龕を深く彫り込み、各面印相、持物を変えた地蔵菩薩立像を厚肉彫りする。蓮台も周囲を深く彫り込み、背を高くして側面に単弁5葉の間弁付蓮弁を線刻する。蓮台下部には敷茄子を加えている。敷茄子下部の龕枠外にも、猪の目型の反花5弁を線刻で加えている。


印相、持物は、正面から


「数珠」


「三宝珠」


「右手錫杖、左手宝珠」


「合掌」


「幡」


「蓮台」


である。


 笠は円形。浅い鉢を逆さにしたような形に造り、上面は照り起り屋根にして、軒部は6.0センチほどつき出させた形にする。軒は少し内傾させている。笠裏は、深さ7.0センチに平らに彫り込み、軒端8.0センチの所から曲線でつなぎ龕部にかぶせる。天井の平らな部分に、龕部の六角を囲むように二重円を線刻している。


 露盤は、幅、高さともに大き目に造り、側面月輪中に金剛界四方仏種子を薬研彫りする。この内「キリーク」「タラーク」「アク」3種子のアク点の2点の切り継ぎを、片側でなく、1点ずつ体文を挟むように配置している。


 請花は下部で少し絞る立型で、側面に線刻で連弁を彫る。側面上端に線刻を加え、蓮肉を表現する。


 宝珠は先を尖らせ割合形が整っているが、請花に比べ大きすぎる感がある。


 銘文が竿の前面の3面と背面にある。


(正面)


「「イ」 奉造立六地蔵大菩薩秋蓮童子頓證佛果 「ダ」」


「干時弘治三年丁己」


「九月廿六日宮法師丸」


「敬白」


(左側)


「右志趣如何五天之嬰児一劫成就刻任西天佛籾顕六躰尊容當躰視夫寔於而閻浮提無双霊佛也」


(右側)


「翁願依功徳今七世父母請微細追膳遂巍々本望豈六親眷属佛果順々而有位楼閣是頼母敷者哉志趣而己」


(背面)


「施主藤原重弘」


「大工宥儀結縁各」


(露盤、月輪中)


「キリーク」「タラーク」「ウーン」「アク」





1197.08.07.調査


2015.10.30.撮影





この項未稿










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