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1548.10.吉日  干時天文十七年戊申十月吉日施主敬白


宮崎県延岡市大字熊野江字中村小字力石の本


凝灰岩製





塔高;258.0


基礎幅;67.5 基礎側面高;6.5 


基礎上1段造り出し幅;49.0 基礎1段造り出し高;10.0


基礎高;16.5


竿下部幅;33.5 竿上部幅;34.5 竿上部正面幅;27.5  竿高;111.5


中台径;65.0 中台側面高;18.0 中台下部径;44.5


中台上造り出し径;57.0 中台上造り出し高;2.5


中台高;20.5


龕部径;40.0 龕部正面幅;19.0 龕部高;34.0


笠下部径;約87.0 笠上部径;44.0 笠高;26.0


露盤幅;23.5 露盤高;23.5


請花径;23.5 請花下部径;18.5 請花高;10.5


宝珠径;24.0 宝珠高;21.5







基礎は四角で上部に1段造り出す。下部は、周辺に玉石が敷き詰められており、それに直接埋め込まれている。


竿は四角柱で、下部四面に高さ15センチから17センチ前後の大きな単弁の蓮弁を正面と角に計8葉線刻する。角は蓮弁の先から上を幅3.5センチ程で面取りする。


中台は円形。下部径を竿よりかなり大きく取って、竿に乗せる。側面は直線的で、上部3分の1位に曲線を造り、弁先を最大径より少しすぼめる。側面一杯に、大きな単弁で12葉を線刻する。上部に円形に1段造り出す。上面は幅4センチの縁を取って、中を皿状に浅く彫り込み龕部を受ける。彫り込みの中、龕部の各正面に1個宛、径2センチ、深さ1.5センチの小さい円形彫り込み計6個を彫り込む。灯明用の穴と思われる。


龕部は六角。龕は縦長の長方形の上部に曲線を造り、頂部を花頭窓風にして彫り込む。龕外下部に線刻蓮台を彫り地蔵菩薩立像を厚肉彫する。地蔵菩薩像は高さ21.0センチ。各面上部には、月輪を線刻し、地蔵尊名とそれに対応する種字を彫る。


笠は円形で、照り起り屋根に造る。軒は、内傾させ、下部幅5.5センチ、深さ6センチで浅い鉢型に彫り込み、平面を大きく取って龕部にかぶせている。


露盤は正方形で、各面月輪中に金剛界四仏種字を薬研彫りする。


請花は、側面に単弁8葉を線刻し間弁を付ける。宝珠は上部が押しつぶされたような団形にする。


竿の4面に角1行の銘がある。




(正面)


「奉建立逆修藤原朝臣甲斐織部助婦夫河野越智朝臣」


(左側面)


「依此功徳息災延命子 孫繁昌乃至法界梨益」


(右側面)


「現世安穏後生善處天長地久諸願成就故之」


(背面)


「干時天文十七年戊申十月吉日施主敬白」





龕部上部月輪内の梵字と地蔵尊名、印相、持物は


「合掌    廣天地 イ」


「幡     摧讃地 ア」


「錫杖、宝珠 将軍地 イー」


「撥、団扇太鼓  請龍地 イー」


「鈸子(バツシ)    牟尼地 サ」


「錫杖    光味地 カ」





梵字の組み合わせは、下三財神社永禄十二年銘六地蔵塔と同じで、こちらの方が21年早い。ただし、六地蔵尊の印相、持物はかなり異なっている。





1976.07.31調査





参考文献;『日向の金石文』





この項未稿










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