にほんブログ村 歴史ブログへ
にほんブログ村
イメージ 1

イメージ 2

1518.10.21  永正十五秊戊刀十月二十一日


宮崎県延岡市大字南方字吉野1458高橋賢男氏宅裏 光福寺跡 大師堂


凝灰岩製





 倒れて、側背面は埋まっている。塔身下部に、太い枘が造り出されており、元は、枘穴を加工した基礎が有ったことがわかる。


塔高;97.5センチ


下枘下部幅;27.0 枘上部幅;28.0 枘高;12.5


身部下部幅36.5 身部下部厚;13.0 身部上部幅;33.5 身部高;87.0


側面及び背面は、倒れて埋まっているため、測定出来なかった。


 正面に梵字と銘文、右側面の下半分に梵字が確認できる。正面に五輪塔五大種字のうち発心門の種字、その下に梵字「ウーン」。銘がその左右に


「永正十五秊戊刀十月二十一日」


「父道金禅門」


「金剛佛子實祐尊位」


「母明永禅尼」


 右側面に梵字「バー」「アー」「タラーク」上部は不明。


 この梵字の配置を見ると、各面には五輪塔五大の四転種字とその下に金剛界四方四仏種字が彫られていると思われる。


 密教僧實祐の菩提を弔うために、その父母が建てた供養塔と思われる。





1976.05.05調査





参考文献;『日向の金石文』





この項未稿










-----
EXTENDED BODY PRIVATE: