石高;約70センチメートル
郡山城には、多量の石塔、石仏、寺院の礎石などが石垣材として使用されている。この両面石仏は、その中の1基。元の所在地は不明。
下部は、直接土中に埋め込まれている。また地蔵立像の頸から上は欠失している。
厚い板状に加工され、地蔵像を彫った面下部は、それに合わせて、側面まで楕円状に張り出した蓮台を設け、下部をすぼめて、形のいい単弁蓮弁を薄肉彫する。それに対して、閻魔王の面は、下部まで平面加工されており、下部は埋まっているが、蓮弁は無いように見える。
正面は、地蔵菩薩立像を半肉彫する。袈裟を着け、左手は胸前に挙げ宝珠を持つ。右手は、肘を軽く曲げて手の先を体側から右に出して錫杖の柄を握る。錫杖頭部は欠失している。頭部は失われて見られないが、首の残存部には三道が残り、手、指、衣文線などが写実的に表現されている。裳裾は下まで着けて足先を出す。足先はその先端が欠けている。地蔵像光背は、像に比べて幅広に取り、地蔵像の肩から下の両側には、左右5体ずつ、左右対称の配置で計10体の立像を薄肉彫して加えている。ただし、左側の上から4番目の像は、一部の痕跡だけで欠失している。10体とも同様の大きさで、同じ薄肉平板に彫り残し、表面は線刻で彫刻されている。肉眼では線刻の詳細まで判別が十分には出来ないが、祭冠を被り、両手に笏を持ち、道服も見え十王像で有ることが理解される。地蔵像の手印は異なるものの、同じく鎌倉時代後期作とされる地蔵十王石仏が新薬師寺に、その他奈良市内には、地蔵十王石仏が散見される。これらの石仏では、十王像の配置と彫刻は、いずれも薄肉平板に彫り残して像は線刻で表現し、光背左右に5体ずつ同様の配置になっている。これらに先行した地蔵十王石仏の初期の例としても貴重である。
背面にも、像が彫り出されている。これが両面石仏という名称の由来である。




下部は、直接土中に埋め込まれている。また地蔵立像の頸から上は欠失している。
厚い板状に加工され、地蔵像を彫った面下部は、それに合わせて、側面まで楕円状に張り出した蓮台を設け、下部をすぼめて、形のいい単弁蓮弁を薄肉彫する。それに対して、閻魔王の面は、下部まで平面加工されており、下部は埋まっているが、蓮弁は無いように見える。

正面は、地蔵菩薩立像を半肉彫する。袈裟を着け、左手は胸前に挙げ宝珠を持つ。右手は、肘を軽く曲げて手の先を体側から右に出して錫杖の柄を握る。錫杖頭部は欠失している。頭部は失われて見られないが、首の残存部には三道が残り、手、指、衣文線などが写実的に表現されている。裳裾は下まで着けて足先を出す。足先はその先端が欠けている。地蔵像光背は、像に比べて幅広に取り、地蔵像の肩から下の両側には、左右5体ずつ、左右対称の配置で計10体の立像を薄肉彫して加えている。ただし、左側の上から4番目の像は、一部の痕跡だけで欠失している。10体とも同様の大きさで、同じ薄肉平板に彫り残し、表面は線刻で彫刻されている。肉眼では線刻の詳細まで判別が十分には出来ないが、祭冠を被り、両手に笏を持ち、道服も見え十王像で有ることが理解される。地蔵像の手印は異なるものの、同じく鎌倉時代後期作とされる地蔵十王石仏が新薬師寺に、その他奈良市内には、地蔵十王石仏が散見される。これらの石仏では、十王像の配置と彫刻は、いずれも薄肉平板に彫り残して像は線刻で表現し、光背左右に5体ずつ同様の配置になっている。これらに先行した地蔵十王石仏の初期の例としても貴重である。
背面にも、像が彫り出されている。これが両面石仏という名称の由来である。




背面一杯に、前面3区縦連子の床座の上に低い机が置かれ、机を前にして坐る像を大きく彫っている。こちら側の像は、表面の地蔵立像より低い位置に彫られているため頭部まで全体が残っている。像は、碑面から半肉彫に十分な高さに彫り残すが、肘から上と顔部を側面だけ浮彫風に曲面を作り浮き出させ、衣文線などは平面に線刻と薄肉彫を組み合わせて表現している。像の腹部、机上の書面、従者の胸から上にわたって表面が削れ、彫刻の詳細が確認できなくなっている。あるいは、石垣に組み込まれた際にできた傷ではないかと思われる。腰から下は机に隠れて、下から衣文先がわずかに覗くだけになっている。像は、祭冠を被り、道服を着て 口を開いて眉目端を挙げた忿怒相を示している。机上一杯に巻物を広げて左手を添え、右手は肘を曲げ胸前で長い柄を持つ。柄は上部を欠失するが、人頭幢(杖)と思われる。左側背後に両手に持物を胸前に持つ従者小像、右前面には自分より長大な板状の鉄棒と思われる棒状を肩に担いだ獄卒と見える小像を薄肉彫で加えている。両像共に簡略な彫刻で、傷みもあってか細部まではよくわからない。机から上の両端には、棒状の浮き出しがあり、上部は曲線で続いている。上部は欠失しているが、背板か屏が表現されていたのではないかと思われる。
これらの内容から、この冥官像は、十王像の1体、閻魔王だと考えられる。
正面の地蔵立像は、半肉彫で写実的に彫られ、背面の閻魔王像は、顔、両手先を除いて線刻で簡略に表現 されている。このように両面の像は、異なる表現法がとられているものの、鎌倉時代後期頃、同時に彫られて造立されたと考えられている。
これらの内容から、この冥官像は、十王像の1体、閻魔王だと考えられる。
正面の地蔵立像は、半肉彫で写実的に彫られ、背面の閻魔王像は、顔、両手先を除いて線刻で簡略に表現 されている。このように両面の像は、異なる表現法がとられているものの、鎌倉時代後期頃、同時に彫られて造立されたと考えられている。
2017.12.10.写真
参考文献;『日本石造美術辞典』(川勝政太郎著 東京堂出版 S.53.08.25.)
-----
EXTENDED BODY PRIVATE: