



鎌倉時代後期
所在地;福岡県福津市大字勝浦1680 大乗院 現在、所在不明
玄武岩製
所在地;福岡県福津市大字勝浦1680 大乗院 現在、所在不明
玄武岩製
各部の寸法;不明(拓本と内容の読み取りだけで、寸法の測定はしていない。)
自然石塔婆群中、この自然石塔婆だけが、大きく欠失し、碑の正面上部のみ残っている。側、背面も大きく割れ欠けて元の形状は確認できない。
今、上部の4行の偈の一部と梵字「ア」及び月輪の上辺の一部が確認できるのみである。上部の刻銘は、4行、崩し字である上に欠字が多いが
自然石塔婆群中、この自然石塔婆だけが、大きく欠失し、碑の正面上部のみ残っている。側、背面も大きく割れ欠けて元の形状は確認できない。
今、上部の4行の偈の一部と梵字「ア」及び月輪の上辺の一部が確認できるのみである。上部の刻銘は、4行、崩し字である上に欠字が多いが
「□一肘間/字素光色/□金剛縛/□□」
が読み取れる。これにより菩提心論にある偈の
「八葉白蓮一肘間、炳現阿字素光色、禅智倶入金剛縛、召入如来寂静智」
であることが解る。偈の確認により、その下の梵字「ア」は胎蔵界大日如来と考えられる。
そして、梵字「ア」の下にかすかではあるが、月輪の刻線の一部が認められる。
偈の書体、梵字の書体、月輪の存在は、同所の(2)とほとんど同じで、それにより、この自然石塔婆残欠が、第3群に属するものであったことを裏付けている。
月輪内の尊像は、完全に欠落しているが、第3群の他塔の種字と線刻像の配置から、胎蔵界大日如来座像であったと推測される。
大乗院の(2)と(3)は、上部に偈が加えられており、共に第3群造立の性格を推定するために重要な位置を占めるものと考えられる。
側面、背面ともに欠失しているので、他塔のような梵字の追刻があったかどうか確認できない。
そして、梵字「ア」の下にかすかではあるが、月輪の刻線の一部が認められる。
偈の書体、梵字の書体、月輪の存在は、同所の(2)とほとんど同じで、それにより、この自然石塔婆残欠が、第3群に属するものであったことを裏付けている。
月輪内の尊像は、完全に欠落しているが、第3群の他塔の種字と線刻像の配置から、胎蔵界大日如来座像であったと推測される。
大乗院の(2)と(3)は、上部に偈が加えられており、共に第3群造立の性格を推定するために重要な位置を占めるものと考えられる。
側面、背面ともに欠失しているので、他塔のような梵字の追刻があったかどうか確認できない。
1985.11.18調査
参考文献;『九州の石塔上巻』(多田隈豊秋著 西日本文化協会 S.50.08.01.)
『太宰管内誌』
『日本石造美術辞典』(川勝政太郎著 東京堂出版 S.53.08.25.)
『種子抄 曼荼羅附表(一)』(望月友善編)
『太宰管内誌』
『日本石造美術辞典』(川勝政太郎著 東京堂出版 S.53.08.25.)
『種子抄 曼荼羅附表(一)』(望月友善編)
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