










1119年11月7日建立 元永二年十一月七日
所在地;福岡県宗像市玄海町吉田鎮国寺
砂岩製
所在地;福岡県宗像市玄海町吉田鎮国寺
砂岩製
塔高;124.0センチ
基部幅(最大幅);48.5 基部厚(最大厚);15.5
基部幅(最大幅);48.5 基部厚(最大厚);15.5
鎮国寺境内の売店から裏手に細道を少し登ったところ、丘陵の先端、少し平らな場所に西
向きに立てられている。
板状の自然石。
基部は、直接、土中に埋め込む。表面を磨き、上半分に蓮台上に阿弥陀如来坐像を薄肉彫りと線刻を交えて彫り出す。
像高は、37.5センチ。幅の広い二重円光背を負っている。像は、説法相(上品中生印)の阿弥陀如来坐像で、印を胸前にむすび、肩幅が広く量感がある。お顔は、円満相に近く、頭部は肉髻を随分高くしている。腹部に裳の紐を結んで、膝の幅は少し狭めにし、その膝には、蕨手のような衣文線を表現し、裳の先を蓮台から左右に垂らすなど、表現が珍しく、また古風でおおらかさもある。蓮台は幅を広く取って安定感があり、蓮弁は膨らんで、ゆったりと表現している。
像の下、碑面下部、6行の銘文を彫っている。
向きに立てられている。
板状の自然石。
基部は、直接、土中に埋め込む。表面を磨き、上半分に蓮台上に阿弥陀如来坐像を薄肉彫りと線刻を交えて彫り出す。
像高は、37.5センチ。幅の広い二重円光背を負っている。像は、説法相(上品中生印)の阿弥陀如来坐像で、印を胸前にむすび、肩幅が広く量感がある。お顔は、円満相に近く、頭部は肉髻を随分高くしている。腹部に裳の紐を結んで、膝の幅は少し狭めにし、その膝には、蕨手のような衣文線を表現し、裳の先を蓮台から左右に垂らすなど、表現が珍しく、また古風でおおらかさもある。蓮台は幅を広く取って安定感があり、蓮弁は膨らんで、ゆったりと表現している。
像の下、碑面下部、6行の銘文を彫っている。
「願主沙弥妙法記」
「奉造立十二万本卒都婆」
「金銅阿弥陀像数體佛菩薩像等」
「奉冩蓋幡花鬘寶樹六鳥樂」
「姣極樂郷池中弥勒佛頭十三畢」
「十四舞勤元永二年十一月七日建立了」
「奉造立十二万本卒都婆」
「金銅阿弥陀像数體佛菩薩像等」
「奉冩蓋幡花鬘寶樹六鳥樂」
「姣極樂郷池中弥勒佛頭十三畢」
「十四舞勤元永二年十一月七日建立了」
文中の「沙弥・阿弥陀・弥勒の 弥は3字とも弓へんを方にしている。」 5行目の「姣」「女へんに交で音は カウ・ケウで よい・美しいなどの意」
沙弥妙法が荘厳な供養を行い、元永二年(1119)11月7日に造立したことがわかる。
九州内の石仏では最古の紀年銘であり、「藤原石仏としては最も古い在銘遺品--基準作として重要な資料である。『石造美術入門』( 川勝政太郎著 社会思想社刊)」とされる。
沙弥妙法が荘厳な供養を行い、元永二年(1119)11月7日に造立したことがわかる。
九州内の石仏では最古の紀年銘であり、「藤原石仏としては最も古い在銘遺品--基準作として重要な資料である。『石造美術入門』( 川勝政太郎著 社会思想社刊)」とされる。
中村正夫・吉武謹一両氏のご助力により鎮国寺の調査許可をいただいた。
参考文献;『九州の石塔上巻』(多田隈豊明著 西日本文化協会刊)
『石造美術入門』(川勝政太郎著 社会思想社刊)
『石造美術入門』(川勝政太郎著 社会思想社刊)
1979.05.28調査
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