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大阪府南河内郡太子町山田


奈良時代後期(『石造美術辞典』)


凝灰岩製





塔高;約200センチ


 竹内街道から急坂を登ったところに岩屋がある。


凝灰岩壁を彫り窪めた岩窟中央に、基壇を備えた層塔が生え抜きに彫り出されている。現在は三層が残り、上部は欠失している。『石造美術辞典』には、「当初は五重であったかと思う。」とある。 


 基壇の上の基礎は、幅が広く比高が低い。


 第1層軸部は、幅よりも高さを高くする。2重目、3重目軸部は、比高を順に低くしている。笠は、その形状をわずかに残す程度に破損、摩耗しているが、残っている屋根の傾斜から、比高は非常に低く、また軸部からの軒の出も浅い造りだったことが伺われる。笠幅は、欠損が大きくて確認できないが、軸部幅、比高ともに逓減率が大きくなっている。『石造美術辞典』にいう五重塔であれば、5重目は軸部幅が小さくなりすぎるのではないかとも思われる。


 塔姿は、大陸風の造形に近いと感じられる。


 塔の右側壁面に、三尊像磨崖仏がある。





参考文献;『日本石造美術辞典』(川勝政太郎著、東京堂出版、S53.08.25.)





*石造美術に関心を持ち始めた時期の写真資料です。記録がなく記憶もあいまいです。誤り等気付かれたらご教示ください。










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