











1664.01.日 寛文四年正月日
福岡県大牟田市早鐘町128
凝灰岩製
福岡県大牟田市早鐘町128
凝灰岩製
国指定文化財早鐘眼鏡橋のたもとに立っている。元は、眼鏡橋から400メートルほど東、今は無い早鐘堤に有ったのを、移したものという。
後補の基壇上に乗る。基礎は低く造る。板状加工の塔身に合わせて奥行を狭くする。上部に塔身下部を受ける枘穴を彫り込む。
塔身は、正面幅を広く、側面厚を薄くした板状縦長長方形にする。正面と両側面の表面を整え、背面はノミの跡が残る粗い仕上げになっている。下部は基礎上面の枘穴に入れている。上面は屋根石下面と接着されていて、接合部の構造は確認できない。
上部の屋蓋は、寄棟造りで、大棟を表現し、基礎より正面幅、奥行きともに少し小さめにする。笠裏は、低平。軒を作り、軒下線は、両端で小さく反り、軒上線は両端で大きく反り上がるので、両端の厚さを増して、近世風の軒になっている。
正面と右側面に刻字がある。
正面中央上部に、縦長長方形の龕を平底に彫り込む。頂部は2弧を作る。この2弧は、通常の花頭窓の曲線とは上下逆にして中央茨を龕内側に造り出している。
上部に3行
後補の基壇上に乗る。基礎は低く造る。板状加工の塔身に合わせて奥行を狭くする。上部に塔身下部を受ける枘穴を彫り込む。
塔身は、正面幅を広く、側面厚を薄くした板状縦長長方形にする。正面と両側面の表面を整え、背面はノミの跡が残る粗い仕上げになっている。下部は基礎上面の枘穴に入れている。上面は屋根石下面と接着されていて、接合部の構造は確認できない。
上部の屋蓋は、寄棟造りで、大棟を表現し、基礎より正面幅、奥行きともに少し小さめにする。笠裏は、低平。軒を作り、軒下線は、両端で小さく反り、軒上線は両端で大きく反り上がるので、両端の厚さを増して、近世風の軒になっている。
正面と右側面に刻字がある。
正面中央上部に、縦長長方形の龕を平底に彫り込む。頂部は2弧を作る。この2弧は、通常の花頭窓の曲線とは上下逆にして中央茨を龕内側に造り出している。
上部に3行
「ア、 ビ、ラ、ウーン、ケン」 (大日報身真言)
「アン、バ、ラン、カン、ケン」 (大日法身真言)
「ア、ラ、ハ、シャ、ナウ」 (大日応身真言)
「アン、バ、ラン、カン、ケン」 (大日法身真言)
「ア、ラ、ハ、シャ、ナウ」 (大日応身真言)
を小さく筆書で彫り込む。
その下に、蓮弁を薬研彫し、線刻で蓮肉と蓮脈を表現した蓮座上に大きく本尊の種子「オン」を刷毛書薬研彫する。
正面の刻字は、10行
その下に、蓮弁を薬研彫し、線刻で蓮肉と蓮脈を表現した蓮座上に大きく本尊の種子「オン」を刷毛書薬研彫する。
正面の刻字は、10行
「筑之後州三池太守従五位立花和泉守源朝臣種長」
「伊藤源右衛門尉」
「藤原貞廣」
「屋山三右衛門尉」
「家臣」
「藤原重勝」
「福田次右衛門尉」
「大蔵長宣」
「寛文四甲辰天正月日」「願主」「平塚喜右衛門尉」
「菅原信昌」
「伊藤源右衛門尉」
「藤原貞廣」
「屋山三右衛門尉」
「家臣」
「藤原重勝」
「福田次右衛門尉」
「大蔵長宣」
「寛文四甲辰天正月日」「願主」「平塚喜右衛門尉」
「菅原信昌」
右側面に2行
「米生荘早鐘」
「初築堤栽松 平塚喜右衛門尉興行之」
「初築堤栽松 平塚喜右衛門尉興行之」
これにより、米生荘早鐘に初めて堤を築き、寛文四年正月に石塔を立てた事が分かる。
龕上部の3真言の内、2行目の大日法身真言は、通常「ア、バン、ラン、カン、ケン」だが、ここでは、2字目の「バ」に「アン点」は無い。また1字目の「ア」には少し離れた上に「アン点」と思われる窪みがあり、「アン」と呼んだが、点の位置が他の字と比べると上に離れすぎており、あるいは「ア」とした方がいいかもしれないが、「アン」と読んでおく。
本尊種子「オン」は、上部に大日如来3真言を配置している所から、大日如来種子としていいように思われる。
龕上部の3真言の内、2行目の大日法身真言は、通常「ア、バン、ラン、カン、ケン」だが、ここでは、2字目の「バ」に「アン点」は無い。また1字目の「ア」には少し離れた上に「アン点」と思われる窪みがあり、「アン」と呼んだが、点の位置が他の字と比べると上に離れすぎており、あるいは「ア」とした方がいいかもしれないが、「アン」と読んでおく。
本尊種子「オン」は、上部に大日如来3真言を配置している所から、大日如来種子としていいように思われる。
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