






1228.12.15. 安貞二秊十二月十五日
埼玉県熊谷市樋春297 真光寺境内
緑泥片岩製
埼玉県熊谷市樋春297 真光寺境内
緑泥片岩製
下部枘現高;5.0 枘下部幅;33.0 枘上部幅;34.5
枘右下部厚;7.0 枘左下部厚;8.0
碑身最大高;111.0 碑面最大高;110.5
碑基部幅;38.5 碑基部厚;8.0
碑中央部幅;36.0 碑中央部右幅;7.0 碑中央部左幅;8.0
碑面上部幅;32.5 碑面上部左厚;6.5 碑面上部右厚;6.5
切り込み1段目上部幅;31.0
枘右下部厚;7.0 枘左下部厚;8.0
碑身最大高;111.0 碑面最大高;110.5
碑基部幅;38.5 碑基部厚;8.0
碑中央部幅;36.0 碑中央部右幅;7.0 碑中央部左幅;8.0
碑面上部幅;32.5 碑面上部左厚;6.5 碑面上部右厚;6.5
切り込み1段目上部幅;31.0
近くの明治の廃仏毀釈で廃寺になった観音寺墓地から真光寺本堂正面わきに移設してある。
ほぼ厚みの一定した板状石を加工している。下部には、基礎に入れる枘を造り出す。現状では、その枘の一部が見える状態で下部を埋め込んでいる。枘の高さは不明。横に設置された表示板の写真を見ると、下に10センチ程埋まっているのが確認できる。碑面はある程度整えているが、側線、2段の切れ込みの左右の高さや低く造った山形の整形は左右均等でなく、素朴な造り出しになっている。2段の切れ込みは側面まで回っている。側面や背面は、粗い仕上げのまま残している。
碑身はある程度平面に加工して、上部一杯に大きく、梵字「キリーク」を刷毛書薬研彫している。安定感のある力強い書体でである。その下部の幅一杯を使って4行の銘文がある。1部草書体を交えて彫られており、肉眼では字画が読み取りにくい文字がある。
ほぼ厚みの一定した板状石を加工している。下部には、基礎に入れる枘を造り出す。現状では、その枘の一部が見える状態で下部を埋め込んでいる。枘の高さは不明。横に設置された表示板の写真を見ると、下に10センチ程埋まっているのが確認できる。碑面はある程度整えているが、側線、2段の切れ込みの左右の高さや低く造った山形の整形は左右均等でなく、素朴な造り出しになっている。2段の切れ込みは側面まで回っている。側面や背面は、粗い仕上げのまま残している。
碑身はある程度平面に加工して、上部一杯に大きく、梵字「キリーク」を刷毛書薬研彫している。安定感のある力強い書体でである。その下部の幅一杯を使って4行の銘文がある。1部草書体を交えて彫られており、肉眼では字画が読み取りにくい文字がある。
「右造立旨趣者」
「為幽儀成仏」
「乃道所奉訪也」
「安貞二秊大才/戊子十二月十五日」
「為幽儀成仏」
「乃道所奉訪也」
「安貞二秊大才/戊子十二月十五日」
造立者や被供養者の名はないが、亡くなった人の成仏を願って建てられたもので、梵字「キリーク」は阿弥陀如来の種子と考えられる。
板碑の安貞二年銘は、最古の紀年銘「嘉禄三(1227年)」を持つ須賀広弥陀三尊板碑に次ぐ2番目に古いもので有る。
2017.03.15撮影
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