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建長八年二月二十七日  1256.02.27


埼玉県羽生市西1-13 毘沙門堂境内


緑泥片岩製





碑面高;264.0センチ 碑最大高;274.0


基部幅;175.0 最大幅(基部上50.0);186.0





 秩父鉄道東武伊勢崎線羽生駅の直ぐ北側同一区画内に、毘沙門堂、古江宮田神社が並んでいる。板碑の緑色は南側線路沿いの遠方からも確認できる。毘沙門堂横広場の端、神社裾の斜面に南面して後補の基礎上に立っている。下部に枘の加工があるかは不明。  


 通常の板碑に比べると、高さに比して幅を随分大きめに造り出す。上部に二条線が無いがこれを自然石塔婆でなく板碑名称にするのは、上部を単な加工で山形に整えているからである。塔は、薄い板状石を縦長長方形に近く加工し、碑面を整え、側面はあまり手を加えず、背面は粗いままに残している。基部より、上辺幅を少し小さくしているが、大き過ぎて届かず採寸できなかった。      


 碑面上部に梵字「バク」「キリーク」を刷毛書で深く薬研彫する。刷毛幅は広く、力強い豪快な個性的な文字である。この二尊配置は、「バク」釈迦如来種子、「キリーク」阿弥陀如来種子と考えられる。肉眼では明瞭に見えないが、各種子の下には、それぞれ線刻蓮座を加えている。種子に対して少し幅の狭い蓮台だが、蓮肉を囲むように彫られた線刻蓮弁には力強さが認められる。  


 蓮台の少し下、中央に紀年銘があり、左右それより少し低くして2名の法名がある。文字は草書体が混じり肉眼では字画を読み取りにくい。





    「為釈智方禅慶」


「建長八年丙/辰二月二十/七日」


    「為西阿弥陀仏」





 亡くなった両親の追善供養のために造立されたと思われる。


 板碑形で2条線の無いものの古い例である。





2017.03.15撮影










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