




鎌倉時代前期(『日本石造美術辞典』)
京都府京都市右京区嵯峨釈迦堂藤ノ木町 清凉寺
花崗岩製
京都府京都市右京区嵯峨釈迦堂藤ノ木町 清凉寺
花崗岩製
石高;210センチ(『日本石造美術辞典』)
低い石積で囲まれた中央に1段を作り、その上に、蓮座に乗った不整舟形石材の正面仏坐像、背面宝塔の両面石仏を載せる。
蓮座は楕円形で、複弁の反花座。現在地に移設の時に、不足分を補い足している。古い蓮座は、背面、宝塔側にあり、全体の6分の一が確認できる。『石造美術辞典』には、「半分しかなかったのを補い足し、」とある。
正面は、蓮座上に身光と頭光の2重光背を負う如来坐像を厚肉彫する。石の表面は風化が進み、彫刻が明瞭には確認できない。蓮座の蓮弁は、右端は何とか見えるが、それ以外は弁の形が確認できない程摩耗している。結跏趺坐する如来像は、右手を胸前に挙げ掌を開いた施無畏印、左手は膝前に垂らしているが、開いているのか、甲を上にしているのか明瞭ではないので、釈迦如来か、弥勒かわからないが、如来形の弥勒だと考えられている。像上部は、頭光の上部に被るような額状に工作し、天蓋を厚く彫り出す。 背面は、碑面一杯に宝塔を厚肉彫する。基礎部分は省略されており、法華経見宝塔品にある、地中から宝塔が湧き出たところを表現しているとも見える。軸部は、わずかに下辺が窄まり、扉が開いて、長方形の龕になった内部には、釈迦如来、多宝如来2仏並座を薄肉彫している。『日本石造美術辞典』には、「二仏はそれぞれ舟形光背を負い、壇上の蓮座に坐している。」とあるが、風化が進み、肉眼では確認できなかった。軸部幅に比べて太い首部を作る。笠は、軒下に隅垂木、屋根と隅降り棟に瓦棒を彫刻する。相輪は、低く、低い露盤、5輪?、請花宝珠を造る。相輪から屋根には鎖を下している。
太い軸部と首部の塔身、屋根の瓦棒や軒の真反りの形、碑面一杯に彫り出された塔形は、大らかさと古さを感じさせる。
蓮座は楕円形で、複弁の反花座。現在地に移設の時に、不足分を補い足している。古い蓮座は、背面、宝塔側にあり、全体の6分の一が確認できる。『石造美術辞典』には、「半分しかなかったのを補い足し、」とある。
正面は、蓮座上に身光と頭光の2重光背を負う如来坐像を厚肉彫する。石の表面は風化が進み、彫刻が明瞭には確認できない。蓮座の蓮弁は、右端は何とか見えるが、それ以外は弁の形が確認できない程摩耗している。結跏趺坐する如来像は、右手を胸前に挙げ掌を開いた施無畏印、左手は膝前に垂らしているが、開いているのか、甲を上にしているのか明瞭ではないので、釈迦如来か、弥勒かわからないが、如来形の弥勒だと考えられている。像上部は、頭光の上部に被るような額状に工作し、天蓋を厚く彫り出す。 背面は、碑面一杯に宝塔を厚肉彫する。基礎部分は省略されており、法華経見宝塔品にある、地中から宝塔が湧き出たところを表現しているとも見える。軸部は、わずかに下辺が窄まり、扉が開いて、長方形の龕になった内部には、釈迦如来、多宝如来2仏並座を薄肉彫している。『日本石造美術辞典』には、「二仏はそれぞれ舟形光背を負い、壇上の蓮座に坐している。」とあるが、風化が進み、肉眼では確認できなかった。軸部幅に比べて太い首部を作る。笠は、軒下に隅垂木、屋根と隅降り棟に瓦棒を彫刻する。相輪は、低く、低い露盤、5輪?、請花宝珠を造る。相輪から屋根には鎖を下している。
太い軸部と首部の塔身、屋根の瓦棒や軒の真反りの形、碑面一杯に彫り出された塔形は、大らかさと古さを感じさせる。
1972.撮影
参考文献;『日本石造美術辞典』(川勝政太郎著 東京堂出版 S.53.08.10)
『京都の石造美術』(川勝政太郎著、木耳社、S.47.06.15.)
『京都の石造美術』(川勝政太郎著、木耳社、S.47.06.15.)
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