

鎌倉時代後期
大分県国東市国見町中村
安山岩製
大分県国東市国見町中村
安山岩製
中村路傍の墓地内、石塔群中、一石五輪塔1と並んで建っている。
塔高;109.0
地輪幅;38.5 地輪土波際高;31.5
水輪下部径;25.5 水輪最大径;37.5 水輪上部径;20.5
水輪高;26.5
火輪軒幅;35.5 火輪中央軒厚;3.0 火輪軒端厚;5.0 火輪上辺幅;13.5
火輪軒下厚;2.0 火輪格;23.5
風輪高;11.5
空輪最大径;16.5 空輪高;16.0
地輪幅;38.5 地輪土波際高;31.5
水輪下部径;25.5 水輪最大径;37.5 水輪上部径;20.5
水輪高;26.5
火輪軒幅;35.5 火輪中央軒厚;3.0 火輪軒端厚;5.0 火輪上辺幅;13.5
火輪軒下厚;2.0 火輪格;23.5
風輪高;11.5
空輪最大径;16.5 空輪高;16.0
地輪は、下部が土中に埋まっているので、高さを確認できなかった。幅は、水輪、火輪より大きくする。 水輪は、地輪より最大径を1.0小さくする。やや上部に最大径が有り、わずかに下をすぼませ、曲線には力強さが感じられる。
火輪は、軒幅を水輪径より2.0小さくしている。軒反りは、平行部を作らない真反りを示し、中央部は緩やかな曲線をつなぎ、中央より軒端を厚くして両端で強く反り上がる。上辺幅は小さくして、隅棟は良好な曲線で軒端につなぐ。
空風輪は、火輪の上に別石で乗っている。
空輪は、やや立型の曲線で上に開き、左右対称ではなく歪みが見られる。空輪の最大径は、風輪径より小さくして、形のいい蓮の蕾形にしている。頂部が欠け、傷みが見られる。
各面四方に、梵字が彫られている。梵字は刷毛書き薬研彫、面に対して大き目の立派な書体である。
各面下から、
「ア・ビ・ラ・ウーン・ケン」 (大日如来報身真言)
「ア・ラ・ハ・タ・(ナウ欠失)」 (大日如来応身真言)
「ア・キリーク・タラーク・ウーン・(欠失)」 (金剛界五仏?)
「ア・バン・ラン・カン・ケン」 (大日如来法身真言)
大日如来の3真言と五仏種子である。この内、一部に梵字が通常と異なったものを使用している。
大日如来応身真言の「ア・ラ・ハ・シャ・(ナウ欠失)」のうち4字目の「シャ」のところに「タ」に近い字画の文字を使用している。その場合、「ア・ラ・ハ・タ・ナウ(ナウは欠失)」になるが、この組み合わせの真言は見られず、「シャ」として書かれたものではないかと思われる。同様の事がこの5字の中の3番目「ハ」にも見られ、「b音のバ」に近い字体になっている。
また、「ア・キリーク・タラーク・ウーン・(欠失)」は、隣の一石五輪塔1と同じく空輪の1字を欠失している。欠字が通常使用される金剛界大日如来「バン」であれば、金剛界五仏中、不空成就如来種子「アク」を「ア」に変えていることになる。また、欠字が「アク」であれば、地輪の「ア」は胎蔵界大日如来になる。いずれの場合も、金剛界、胎蔵界両界を表しているのではないかと考えられる。
これらの梵字は、隣の一石五輪塔1と同じ配置になっている。
火輪の上には、風空輪が別石になって乗っているが、各輪四方の梵字の組み合わせと書体からもとの一具で有ったと考えられ、合わせてある面を確認すると折れたような痕跡が見られ、大きさも合っており、元は一石五輪塔として造られたものと考えられる。
塔は、全体に引き締まった造りで、一石五輪塔1よりも五輪塔として完成度が高く、鎌倉時代後期も早い時期の造立ではないかと考えられる。
火輪は、軒幅を水輪径より2.0小さくしている。軒反りは、平行部を作らない真反りを示し、中央部は緩やかな曲線をつなぎ、中央より軒端を厚くして両端で強く反り上がる。上辺幅は小さくして、隅棟は良好な曲線で軒端につなぐ。
空風輪は、火輪の上に別石で乗っている。
空輪は、やや立型の曲線で上に開き、左右対称ではなく歪みが見られる。空輪の最大径は、風輪径より小さくして、形のいい蓮の蕾形にしている。頂部が欠け、傷みが見られる。
各面四方に、梵字が彫られている。梵字は刷毛書き薬研彫、面に対して大き目の立派な書体である。
各面下から、
「ア・ビ・ラ・ウーン・ケン」 (大日如来報身真言)
「ア・ラ・ハ・タ・(ナウ欠失)」 (大日如来応身真言)
「ア・キリーク・タラーク・ウーン・(欠失)」 (金剛界五仏?)
「ア・バン・ラン・カン・ケン」 (大日如来法身真言)
大日如来の3真言と五仏種子である。この内、一部に梵字が通常と異なったものを使用している。
大日如来応身真言の「ア・ラ・ハ・シャ・(ナウ欠失)」のうち4字目の「シャ」のところに「タ」に近い字画の文字を使用している。その場合、「ア・ラ・ハ・タ・ナウ(ナウは欠失)」になるが、この組み合わせの真言は見られず、「シャ」として書かれたものではないかと思われる。同様の事がこの5字の中の3番目「ハ」にも見られ、「b音のバ」に近い字体になっている。
また、「ア・キリーク・タラーク・ウーン・(欠失)」は、隣の一石五輪塔1と同じく空輪の1字を欠失している。欠字が通常使用される金剛界大日如来「バン」であれば、金剛界五仏中、不空成就如来種子「アク」を「ア」に変えていることになる。また、欠字が「アク」であれば、地輪の「ア」は胎蔵界大日如来になる。いずれの場合も、金剛界、胎蔵界両界を表しているのではないかと考えられる。
これらの梵字は、隣の一石五輪塔1と同じ配置になっている。
火輪の上には、風空輪が別石になって乗っているが、各輪四方の梵字の組み合わせと書体からもとの一具で有ったと考えられ、合わせてある面を確認すると折れたような痕跡が見られ、大きさも合っており、元は一石五輪塔として造られたものと考えられる。
塔は、全体に引き締まった造りで、一石五輪塔1よりも五輪塔として完成度が高く、鎌倉時代後期も早い時期の造立ではないかと考えられる。
1975.08.07.
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