














平安時代後期
鹿児島県霧島市隼人町内山田1-14 隼人塚 丸彫四天王立像石仏の内
凝灰岩
鹿児島県霧島市隼人町内山田1-14 隼人塚 丸彫四天王立像石仏の内
凝灰岩
隼人塚四天王立像の内、東北に立つ1体。多聞天と推定されている。
隼人塚の正面から見て後方右側の像である。
別石台座の上に、立像は背の低い方形台座とともに丸彫り、1石で彫り出す。方形台座の正面には邪鬼2体の頭部と片腕を半肉彫し、側面にそれぞれの体部を浮彫するが側面はかなり傷んでおり、明瞭ではない。背面は無地。
この像は、発掘時には、塚の向かって左側前面の斜面に臂まで埋まっていた。脛から下は欠けていたが、石造脚部はその下に埋まっていた。(国史跡隼人塚山遺跡発掘調査概報)台座は、元あったと思われる東北の位置近くに残っていた。邪鬼と僅かに足形と足先だけが残っていた脚部は、脛と背面部分が復元加工されている。台座はそのまま使用されている。両手先は失われているが右手には塔を持っていたのではないかと推定されている。
隼人塚の正面から見て後方右側の像である。
別石台座の上に、立像は背の低い方形台座とともに丸彫り、1石で彫り出す。方形台座の正面には邪鬼2体の頭部と片腕を半肉彫し、側面にそれぞれの体部を浮彫するが側面はかなり傷んでおり、明瞭ではない。背面は無地。
この像は、発掘時には、塚の向かって左側前面の斜面に臂まで埋まっていた。脛から下は欠けていたが、石造脚部はその下に埋まっていた。(国史跡隼人塚山遺跡発掘調査概報)台座は、元あったと思われる東北の位置近くに残っていた。邪鬼と僅かに足形と足先だけが残っていた脚部は、脛と背面部分が復元加工されている。台座はそのまま使用されている。両手先は失われているが右手には塔を持っていたのではないかと推定されている。
写真①②1973.03.14撮影
写真③以降 2013.11.07撮影
写真③以降 2013.11.07撮影
参考文献;国史跡隼人塚 山跡遺跡発掘調査概報 鹿児島県隼人町 1998 隼人町教育委員会
国指定史跡隼人塚 ガイドブック 隼人町教育委員会編集、発行 H.13.3発行
国指定史跡隼人塚 ガイドブック 隼人町教育委員会編集、発行 H.13.3発行
この項未稿
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