吉松郷土誌(改訂版) 吉松郷土誌編集委員会編集 吉松町発行 H.7.03.31発行
鹿児島県
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●11-1.姶良郡湧水町(旧姶良郡吉松町)川西 市原 県道路傍 猿田彦大神自然石碑
(写真・図版あり)
*もとは庚申塔を猿田彦大神碑に改変したもの
1871.04.吉日
高;138㎝ 厚;22
下辺幅;68 上辺幅;46
(正面 元の碑の背面利用)
「明治四年」
「猿田彦大神」
「四月吉日」
●11-2.11-1と同一石 庚申塔 自然石塔婆 (写真図版あり)
1736.04.吉祥日
1736.04.吉祥日
(背面 もとの正面)
市原郷
「享保廿一丙辰天 庚申講」
中間郷
市原郷
「享保廿一丙辰天 庚申講」
中間郷
「汝等所行是菩薩道」
(梵字)「ドバウの逆さ字、バン、ウーン、タラーク、キリーク、アク、サ、サク」
「漸々修覺悉當成佛」
「四月吉祥日出」
●12-1.姶良郡湧水町(旧姶良郡吉松町)川西 四ツ枝 黒木正彦氏宅 猿田彦大神自然石碑
(写真・図版あり)
*もとは庚申塔を猿田彦大神碑に改変したもの
1871.04.吉日
高;175㎝ 幅;76 厚;12
(写真・図版あり)
*もとは庚申塔を猿田彦大神碑に改変したもの
1871.04.吉日
高;175㎝ 幅;76 厚;12
(正面 元の碑の背面)
「明治四年」
「轅田彦大神」
「二月吉日」
●12-2.12-1と同一石 庚申塔 自然石塔婆 (写真・図版あり)
1729.03.16
「享保十四己西天 四ツ枝郷庚申講」
「享保十四己西天 四ツ枝郷庚申講」
「汝等所行 是菩薩道」
(梵字)「ドバウの逆さ字、バン、ウーン、タラーク、キリーク、アク、サ、サク」
「漸々修覺 悉當成佛」
「三月十六日」 「講○○中合掌」
*「講○○中合掌」の銘は、図版中には書かれていないが、写真では確認でき、
そのうち読める字だけ書きだし、不明字は○○で示した。
そのうち読める字だけ書きだし、不明字は○○で示した。
●13-1.姶良郡湧水町(旧姶良郡吉松町)川西 中野鶴副一氏宅 猿田彦大神自然石碑
(写真・図版あり)
*もとは庚申塔と思われる自然石塔婆を猿田彦大神碑に改変したもの
(写真・図版あり)
*もとは庚申塔と思われる自然石塔婆を猿田彦大神碑に改変したもの
1871.02.吉日
高;119㎝ 幅;96 厚;7
高;119㎝ 幅;96 厚;7
(正面 元の碑の背面)
「明治四辛未年」
「猿田彦大神」
「二月吉日」
●13-2.13-1と同一石 庚申塔か 自然石塔婆 (写真・図版あり)
1741.から1744.02.26
1741.から1744.02.26
「寛保○○」
(梵字)「ドバウの逆さ字、バン、ウーン、タラーク、キリーク、(以下土中)」
「二月二十六日」
*同じ梵字構成の庚申塔が見られるので、もとは庚申塔と思われる。
●14-1.姶良郡湧水町(旧姶良郡吉松町)般若寺 日枝神社境内 猿田彦大神自然石碑
(写真・図版あり)
*もとは庚申塔と思われる自然石塔婆を猿田彦大神碑に改変したもの。
1871.03.吉祥日.
高;152㎝ 幅;66 厚;12
(写真・図版あり)
*もとは庚申塔と思われる自然石塔婆を猿田彦大神碑に改変したもの。
1871.03.吉祥日.
高;152㎝ 幅;66 厚;12
「明治四年」
「猿田彦大神」
「三月吉祥日」
●14-2.14-1と同一石 庚申塔か 自然石塔婆 (写真・図版あり)
1749.09.吉○.
「寛保九(以下土中)」
「寛保九(以下土中)」
(梵字)「バン、ウーン、タラーク、キリーク、アク、(以下土中)」
「九月吉(以下土中)」
*梵字に「ドバウ」が付いていないので、庚申塔ではなく、梵字塔婆の可能性がある。
寛保年間は4年までで、九年まではないが、資料通りに転載した。
寛保年間は4年までで、九年まではないが、資料通りに転載した。
●15.姶良郡湧水町(旧姶良郡吉松町)中津川 旧役場前の国道わき 庚申塔
青面金剛立像舟形塔婆 (写真・図版あり)
1756.02.吉日.
高;164㎝ 下辺幅;61 上辺幅;53
下辺厚;27 上辺厚;15
青面金剛立像舟形塔婆 (写真・図版あり)
1756.02.吉日.
高;164㎝ 下辺幅;61 上辺幅;53
下辺厚;27 上辺厚;15
(右側面 碑の向かって右側側面)
「宝暦六歳子二月吉日」
*青面金剛半肉彫立像。四臂、転宝輪印、三叉戟、他2手は不明、2童子、
上部雲上に 日、月、他は不明。
上部雲上に 日、月、他は不明。
吉松郷土誌(改訂版) 吉松郷土誌編集委員会編集 吉松町発行 H.7.03.31発行
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