『白石町史』(白石町史編纂委員会編、発行 昭和49年2月10日発行)
*注、近世資料は抜けています。
*著作権法等により、一般公開では、図、写真等のコピーは掲載できませんのでご了承ください。
佐賀県杵島郡白石町
●1.杵島郡白石町馬洗2261 法泉寺 庚申塔 六地蔵塔(写真あり)
1570.10.日.
(竿石、銘の位置不明、銘の詳細不明)
「永禄十三年庚午小春日 庚申講衆」
*「傘石と皿形の台石を失ったもの」と記載されている。
●2.杵島郡白石町湯先1751 陽興寺 庚申塔 六地蔵塔(写真あり)
1570.
(竿石)
「現○転○○輪 講衆」
「謹奉彫六地蔵 諸○一会庚申」
「始終○六道○ 寿位」
(銘の位置、銘の詳細不明)
「元亀元年」
*「傘を失くしている」と記載されている。
●3.杵島郡白石町有明町島津 路傍 庚申塔 六地蔵塔
1567.04.吉日.
(銘の位置不明)
「庚申講衆」
「○ 永禄十年四月吉日」
「廿一人誌」
*紀年銘の上の○は円相。
●4.杵島郡白石町太原上(かみ) 路傍 庚申塔 自然石塔婆(写真あり)
1591.
(銘の位置不明、銘の詳細不明)
「天正一九年」
●5.杵島郡白石町遠江上 路傍 庚申塔 自然石塔婆
1582.
(銘の位置不明、銘の詳細不明)
「天正十年」
「奉庚申一会十人同妻」
●6.杵島郡白石町大井 路傍 庚申塔 自然石塔婆
1588.
(銘の位置不明、銘の詳細不明)
「天正一六年」
*「下部には二十数名の庚申講衆の氏名を刻んでいる。」と記載されている。
●7.杵島郡白石町吉村 路傍 庚申塔 自然石塔婆
1588.
(銘の位置不明、銘の詳細不明)
「天正一六年」
●8.杵島郡白石町川津 縫の池端 庚申塔 自然石塔婆
1593.
(銘の位置不明、銘の詳細不明)
「文禄二年」
●9.杵島郡白石町横手 英彦神社境内 庚申塔 自然石塔婆
1596.
(銘の位置不明、銘の詳細不明)
「文禄五年」
*上記を列記して「がその古い建造の代表的な庚申塔である。」と記載されている。
*「庚申塔には僅かながらの共有免租地があり、ここから生ずる米麦が庚申祭りの経費になっていたことが普通であった。一七世紀になると庚申塔は更にその数を増して、白石の各地各部落に庚申塔のない処はないまでになる。そして庚申塔の性格も「猿田彦大神」とか「青面金剛」というものになり、同質のものとしての「二十三夜尊」や「月天子」までを数えると莫大な数となる。そして、この種の庚申塔は明治時代の前半まで建立されていることは、後述のとおりである。」と記載されている。後述の近世編庚申塔資料は手元にはないので紹介できない。
『白石町史』(白石町史編纂委員会編、発行 昭和49年2月10日)
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