「緒方町誌・総論編」緒方町歴史民俗資料館 緒方町誌編纂室編、緒方町発行H.13.08.31.発行
大分県豊後大野市緒方町(旧大野郡緒方町)
*著作権法等により、一般公開では、図、写真等のコピーは掲載できませんのでご了承ください。
*庚申塔についての個別の紹介は無い。
●1.豊後大野市緒方町 瑞光庵 庚申塔 自然石塔婆(写真あり)
1673.
(碑面上部月輪中)
梵字 「ウーン」
(月輪下部)
「寛文十三歳」
「庚申塔」
*月日は読み取れない。
●2.豊後大野市緒方町 瑞光庵 庚申塔 舟型塔(写真あり)
紀年銘不明
(碑面一杯に)
薄肉彫 3面6臂青面金剛立像
●3.その他 *この項は、本文から文章を引用する。
庚申塔146基のうち、80基しか建立年が解らない。
第1期 この時期の庚申塔は未報告である。
第2期 寛文年間のものが一番多い。
塔に庚申待の講員の名前や村名が列記されるようになり、・・・
「奉礼庚申塔」「庚申塔」が多く、青面金剛や猿田彦神という文字は出てこない。ただし、
ウーンと読める梵字が刻まれた塔が7基あり、これを青面金剛を表すと理解しておく。
第3基 当町では、享保十年(1725)の越生大渡の「青面金剛」銘が初出で、3期の中で
「青面金剛」銘が一番多い。
建立数も多く、講員の名が記された庚申塔が増えている。
軸丸北の「奉待庚申塔現世後生ニ世安楽」銘の庚申塔には15人の講員の名が記されている。
また、文政七年(1810)にようやく猿田彦銘の庚申塔が確認出来る。
第4期 軸丸北に6基庚申塔が建てられた場所があるが、講員の筆頭には「大庄屋」や
真言宗寺院「位宝院」の銘がある。位宝院は真言宗醍醐派の寺院である。
年代は不明であるが、軸丸南柏野にある「○○○尊 供養塔」銘の庚申塔は、講員の
連名の後に、「行者 宥慶敬白」とあり、真言宗系行者の庚申信仰への関わりがうかがえる。
第5期 明治以降の庚申塔は減少し、昭和五年を最後に町内で庚申塔建立は消滅する。
特異な例として、大字草深野の大久保組合4戸の講員が、平成ニ年に庚申塔7基を建立した。
現在確認できた146基のうち、猿田彦銘の庚申塔は僅かに3基であった。
「緒方町誌・総論編」緒方町歴史民俗資料館 緒方町誌編纂室編、緒方町発行H.13.08.31.発行
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