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1276.07.18 建治二秊丙子七月十八日


熊本県玉名郡南関町大字西豊永字来光寺 薬師堂


凝灰岩





 来光寺の集落を登り切った所に、薬師堂が有る.


 境内には石塔群が在り、その内の最大のもの。





塔高;140.0センチ


地輪幅;59.0 地輪高;37.0


水輪下部径;38.0 水輪径;51.5 水輪上部径;40.0 水輪高;39.0


火輪軒幅;58.5 火輪軒部最大幅;59.5 火輪軒下部厚;3.5


火輪軒中央厚;9.5 火輪軒端厚;8.5


火輪上部幅;24.5 火輪高;30.0


風輪下部径;18.0 風輪径28.5 風輪側面高;13.5 風輪高;14.5


空輪下部径22.5 空輪径;27.0 空輪高;19.5





 地輪は、比高を低く作る。


 水輪は、立ち型で上部の曲線をやや強くした太鼓の胴の様な作りになっており、上下の径を大きく切って特徴のある形をしている。


 火輪は、軒幅に比べて、比高を低く取っている。軒は、水平部を作らず、僅かな曲線でつなぎ、両端で強く反らせる。端の所の曲線は、上辺より下辺を強く撥ねているため、軒厚は、中央部の9.5センチより端が約8.5センチと薄くなっている。軒下に3.5センチの膨らみを作り九州様式を示している。上部に、丸枘穴を設けている。


 風輪は、形の良い深鉢形の曲線を作り、空輪は、頂部を尖らせずに丸くしている。風輪の底は枘が折れた後の浅い窪みが残っている。





 銘が、地輪の梵字「ア」を挟んで4行彫られている。





 「為沙弥空阿尊/霊五七日造立」「ア」「建治二秊丙子/七月十八日」








 塔の各部の大きさは、低い地輪、他より少し径を小さくした太鼓胴形の水輪、地輪と同じ幅で比高が低い火輪、形の良い風、空輪と全体のバランスが取れて違和感を感じさせない組み合わせになっている。しかし、細部を見ると、中央より両端の軒厚が小さくなった火輪の軒の作りは、鎌倉中期末まで時代を上げるのには不安が残る。また、各輪に薬研彫りされた種子も菩提門のアン点が、地輪が1点のアンに対して、他の各輪は2点のアンになっている。書体も、地輪ののびやかで大きな書体に比べて、水輪の種子はそれほど遜色ないものの、特に火輪、風空輪の書体は物足りないように思われる。同所の石塔群には、建治二秊銘塔に合う大きさの部材は他には見当たらず、現在の組み合わせの様に大きさがぴったりあった物が他にも在ったかどうか確認できない。


 各部がもとからの組み合わせかどうか、再度の詳細な調査、検討が必要だと思っている。








1984.10.21調査





参考文献;有明地方石文集 多田隈豊秋編著 有明地歴研究会刊 昭和43年





この項未稿







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