にほんブログ村 歴史ブログへ
にほんブログ村
イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

イメージ 12

イメージ 13

室町時代後期(1531.08.吉日  享禄四天辛卯八月吉日)


熊本県玉名郡南関町大字山添 岩薬師


凝灰岩製





 道路脇に石垣を積んだ1画があり、石段を登ると、凝灰岩の岩壁にお堂が造りつけられ、その中に磨崖仏と石仏が祀られている。





 本尊の薬師如来坐像の両側に、少し小さくした舟形光背型龕の上部が残されており、もとは三尊形式の配置であった事が解る。また、本尊と右脇侍との龕と龕の間には天部か菩薩立像と思われる墨書の腕部分が残っていて、肉眼でも確認出来る。現在は、その両脇侍の舟形光背型龕の下部を切って堂の壁まで横長の龕が深く彫り込まれ、室町時代後期になって造られた厚肉彫の石仏が並べられている。石仏は、薬師如来の脇侍の日光菩薩立像、月光菩薩立像の2組の4体4石と1石に3体ずつで4石に彫られた十二神将立像である。





 十二神将立像は、ほぼ同じ大きさの横長方形の板石に、三体ずつ4石に分けて彫られている。





 板石幅;64.0から65.0


 板石高;48.0から50.0


 板石厚;15.0前後


 像高;30.0前後





 各神将像は、ずんぐりした体型で、岩座上、甲冑を身にまとい、合掌手や刀や弓矢、斧等の持物を持った者など、様々な動きのある姿体を示している。また頭頂には十二支の動物を付けている。各像の下部には、1体1名の交名が彫られている。





「道西/妙金/浄?祐」


「道秀/道清/浄久」


「道慶/妙周/浄開」


「□□/道金?/道香?」





 石材、薄肉彫の彫刻は、同所に並んでいる享禄四天(1531.08吉日)銘日光菩薩立像、月光菩薩立像と同様で、これらの一群、6石、14体の石仏は同時期の造立と思われる。また横長の龕も、脇侍と十二神将像の石材の大きさに合わせて彫り込まれている。





 拓本は有明拓本研究会のものを含む








参考文献;『有明地方石文集』(多田隈豊秋編著 有明地歴研究会刊 昭和43年)





この項未稿










-----
EXTENDED BODY PRIVATE: