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1252.07.28 建長二二年壬子七月廿八日


熊本県玉名市大字山田 毘沙門堂境内


凝灰岩製





 山田には、大きな寺院があったと思われ、吉祥寺跡と言われている。二王堂から真直ぐな道路が山田神社まで続き、その道路の左右には、今も12房の名称が残っており、12房ともに、12の家系で各房がが祀られ、石塔残欠がある。山田神社の鳥居前には、毘沙門堂が残っている。その境内に宝塔塔身がある。





 塔身高;69.0センチ  軸部径;54.0 首部径;41.5 首部下部径;65.0 首部高;18.5


 上部納入孔径;20.5 上部納入孔深さ;14.5


 


 基礎幅;130.5 基礎側面高;17.5 基礎上部造出し高;2.0 基礎高;19.5





 軸部は太い円筒形で、縦の側線は直線的で下部を僅かに絞っている。上部は肩を丸くしてこれも円筒形の首部につないでいる。建長二年銘宝塔の首部より、大分短くする。上部の枘は首部より少し径を小さくしている。上部が欠けているので、枘の元の高さは解らない。上面に、納入孔を丸底に彫り込んでいる。 軸部正面に方形の龕を深く彫り込み、中に2体の仏座像を半肉彫にする。台座は三段の框座上に蓮台を置き、蓮台の側面は蓮弁を鱗葺きにしている。彫刻は丁寧でに作られている。残念なことに仏像の頭部は両尊共に欠けている。。2仏は共に、手印を衣で隠した密印に造られている。ただ、この塔身が宝塔のものであり、軸部に彫られた銘文に、妙法蓮華経巻第四見宝塔品の偈があるので、 釈迦如来と多宝如来を表したものと考えられる。石塔に密印の仏座像を彫刻するのは、球磨盆地ではこれより以前から行われ、熊本県内には、室町時代と思われるものまで遺品が見られる。





 銘文が龕の左右に11行彫られている。





 「右造立志者為東山/田地主比丘尼戒念/成佛得道仍又法界/衆生平利益也□如件/建長二二年壬子七月廿八日/戒念往生同六月廿八日巳□也」





 「善哉〃〃尺迦牟尼世尊/能以平等大恵教菩薩法/佛所護念妙法蓮華經為/大衆説如是□尺迦牟尼/世尊如所説者皆是真實」





 1970年頃には、軸部だけだったが、後年、笠と相輪を乗せている。基礎と相輪は新しく作ったもの。笠は層塔のものである。





 吉祥寺跡と伝承されるこの山田地区には鎌倉時代中期の在銘塔を始め、かなりの数の鎌倉時代からの古石塔が散在しており、この塔は建長二年銘塔の次に古いものである。








1970.11.22写真


2011.09.11他写真





参考文献;『肥後古塔調査録』





この項未稿










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