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南北朝時代前期


長崎県南島原市西有家町見岳名字八反田3526 茸山(なばやま)大菩薩権現神社境内


凝灰岩製





 広域農道から茸(なば)山集落へ入って2キロほど上った所に大菩薩権現神社はある。道路脇の石鳥居をくぐり、急な石段を登り切った所に小拝殿が有り、その裏側の狭い区域にこの宝篋印塔が祀られている。


 


現塔高(基礎除く);171.0センチ


基礎側面推定幅;81.0 基礎高不明


塔身正面幅;52.0 塔身高;51.0 


塔身側面幅;47.0


笠軒正面幅;76.5 笠軒厚;14.5 笠下部正面幅;51.5 笠上部正面幅;32.0


笠軒側面幅;79.0          笠下部側面幅;52.5


笠高;51.0


相輪現高;69.0





 全体に傷みが有り、欠けている部分も多いが、復元すると2メートルを超え、時代も古く、かなり迫力のある石塔である。


 石材は凝灰岩で、各部ともに同質の素材に見受けられる。


 基礎は埋め込まれており、上面の造り出しはもと何段あったか確認できないほど欠損している。セメントで周囲を囲まれており、高さがどの程度あるのかも確認できない。また、各部とも摩耗や欠けて傷みがかなり進んでいる。


 塔身四方には、各月輪内に金剛界四仏種子「アク」「タラーク」「ウーン」「キリーク」を浅い薬研彫りで配している。表面の風化が進み、字画を確認しづらい所はあるが、良く残っているキリーク字の書体は、浅い彫りとも相まって、時代の降下を示しているように思われる。


 笠軒は、内傾している所や、垂直な部分もあり、その造形は一定しない。また、上下の作りだしの段形の側面も垂直にならずに傾斜を作っている。隅飾りは1個を残して大きく欠けているが、残っている部分を見ると側線は垂直で2弧だった事が確認出来るが、茨は明確ではなく、造り出しは大まかな感じがする。


 相輪は、かなり太く、大き過ぎるきらいはあるが、笠とは合っており、もとのものと思われる。各輪は明瞭に深く彫りだされている。1輪より上で折れているのに、相輪上部の残った部分をセメントで接着してある。上部は摩耗していて、もとの形は確認できない。輪の中間部分は失われている。


 全体に各部とも石材は良く合っているように見受けられるが、塔身と笠下部の幅の差が小さ過ぎるために塔身が笠に比べて大きすぎるように見え、塔形のバランスを悪くしている。塔身がもとからのものか多少の不安が残る。





2011.07.27調査


調査協力者;A.I.





この項、未稿
長崎県茸山大菩薩権現社宝篋印塔残欠20110727

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