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鎌倉時代末か?


佐賀県佐賀市大和町池上1501-1


凝灰岩製





像高;各101センチ~111.0センチ





 四天社と呼称される、四角い台地上に、同所の層塔残欠を囲むようにその四方に外側を向いて立っている。


 各像とも胴の部分で上下に分けて,2石で造っている。邪鬼に乗り、鎧兜を付けている。持物は2体が剣を持ち、2体は欠失して、通常の儀軌に見るものと異なっているため、尊名の特定は困難である。細部はかなり損傷し、足元が欠失した分は補修してある。細部の彫刻はかなり細かいところまで良く彫り込まれているのが見て取れる。


 像容は、平安時代後期の隼人塚(鹿児島県霧島市隼人町)の四天王像を手本して造られているように見受けられる程内容がよく似ているように感じられる。この地に産出しない凝灰岩を使用しているということもあり、あるいは、鹿児島で造られて持ち込まれたものであるかもしれない。隼人塚像程の大きさやボリュームは無いが、各部の表現は的確である。


 造立の時代は推定するしかないが、鎌倉時代末の可能性はあるのではないかと思う。ちなみに、佐賀県では室町時代説のようである。仏像彫刻の専門から見た判断がそうであるとすれば、そちらの方が正しいのかもしれないが。


 現在も丁重に祀られ、管理もよく行き届いている。








2010.05.15写真


この項未稿










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