







1385.08.15 至徳二年八月十五日
長崎県諫早市小長井町大字遠竹字南平 南平石塔群
長崎県諫早市小長井町大字遠竹字南平 南平石塔群
南平石塔群中にある。相輪が2石に折れているが、当初からの完形塔である。
塔高;111.5センチ
基礎幅;36.0 基礎上部幅;23.5 基礎高;28.5
塔身幅;20.5 塔身高;15.5
笠軒幅;33.5 笠軒厚;7.5
笠下部幅;23.5 笠上部幅;17.0 笠高;25.5
相輪高;42.0
基礎幅;36.0 基礎上部幅;23.5 基礎高;28.5
塔身幅;20.5 塔身高;15.5
笠軒幅;33.5 笠軒厚;7.5
笠下部幅;23.5 笠上部幅;17.0 笠高;25.5
相輪高;42.0
基礎は、上3段造り出し。
基礎の2面に銘があるが、石の面が粗く、読めない刻字が多い。
基礎の2面に銘があるが、石の面が粗く、読めない刻字が多い。
(正面)「右志趣者□□/早庄遠嶽□□/住人/□□入□□□/□□□□□□/
為念佛往生□□/□也」
(右側面)「至徳二年乙丑/八月十五日/□□宗香敬白/□□禅□□」
為念佛往生□□/□也」
(右側面)「至徳二年乙丑/八月十五日/□□宗香敬白/□□禅□□」
『諫早史談第十九号』「小長井町遠竹名 古石塔の考察」(稲田三千年著 昭和62年3月31日)には
(正面)「□寶□□/右志趣者伊佐/早㽵遠嶽村/住人遠嶽光/□門入道之/
魂□冥福□/為珠念佛申□/誠也」
(左側面)「至徳二□乙丑/十月拾□日/□□□練達(建?)敬白/□浄禅門/道額□□」
とある。
(正面)「□寶□□/右志趣者伊佐/早㽵遠嶽村/住人遠嶽光/□門入道之/
魂□冥福□/為珠念佛申□/誠也」
(左側面)「至徳二□乙丑/十月拾□日/□□□練達(建?)敬白/□浄禅門/道額□□」
とある。
塔身は、幅より高さを低く造る。側面は輪郭を2重に浅く彫り込み、内部の上下枠を越えて円相を彫り残す。円相内は無地、墨書があったかは不明で、現在はその痕跡は確認出来ない。
笠は、基礎に合わせて、軒下3段。軒は厚く造る。軒上は3段。隅飾りは、背を低くした縦2弧。軒端から2.0内側から曲線で立ち上げ、軒上端幅に納めている。
相輪は一石。現在は、中央部で上下2つに折れており、上半分は塔の脇に置かれている、露盤は薄く造る。反花部は断面四角、隅飾縦2弧、間弁1葉は幅広で剣先型に尖っている。敷茄子は薄くして中央に鎬を付ける。請花部は隅飾2弧内反り付きで、茨を付けて中央で合わせている。幅広の間弁付き。刹は断面丸で3輪を彫り出す。宝蓋部は断面四角、反花部は、隅飾1弧、間弁1葉。宝蓋盤は薄板状。請花部は、隅飾縦2弧、幅広間弁付き。宝珠は8稜で上部を尖らしている。
南北朝時代末期の年号を持ち、肥前では、最も早い紀年銘を持つ宝篋印塔である。完形であり、九州様式の基準作として貴重な存在である。
2011.03.30調査
調査協力;A.I.
調査協力;A.I.
-----
EXTENDED BODY PRIVATE:




